レキオ島唄アッチャー

伊江島の祭祀「大折目」、その4

  「ナイク行事」とは何か
 3日目の祭祀では「ナイク行事」が注目される。ただ、まだ分かりにくいところがある。武藤美也子著「伊江島の大折目(ウプウイミ)―報告と分析―」(『神戸女子大学古典芸能研究センター紀要』6号)は、要旨次のように解説している。
この祭祀で特に興味深いのは「ナイク儀礼」である。
 一種の生贄儀礼である。毎年東と西から12歳以下の女児2人を選び、生贄として阿良の浜から舟に乗せて海に流し、ニレの神あるいは竜宮の神に捧げたという。ある時から、生贄奪取が考えられ、屈強の若者がこの女児を浜から力ずくで連れ戻した。ある場所まで連れ戻すと逃げおおせるのであった。
 このように行事化した形ではあるがナイク行事は1943年まで行われていた。44年には真似事として、男が女の代わりにナイクをやったという。その後第二次世界大戦で沖縄は悲惨な状況に置かれることになり、この44年を最後としてナイク行事は行われなくなった。それ以前までは毎年違う女児が立てられ、イッチュハイの三差路(逃げられる場所)まで男達は女児ナイクを引っ張り抱き上げるようにして連れて走ったという。村人はそれを見物するのに夢中で、その後ノロたちも浜から一目散に逃げ帰るのであるが、村人たちはナイク連れ戻しに熱中し、ノロたちのことは見ていないという。
 残念ながら、「ナイク行事」は、戦時中を最後に途絶えたという。
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