レキオ島唄アッチャー

ネットで飛び交う沖縄の基地をめぐる誤った「風説」

 辺野古新基地建設に反対する声と運動が沖縄と全国で盛り上がるにつれ、それに水を差す議論が右派ジャーナリズムやネットなどで飛び交っている。「琉球新報」5月16日付け別刷り特集では、基地をめぐる「誤解」検証を掲載しているが、なかなか説得力ある検証をしている。そこから一部抜粋して紹介する。
 米軍専用施設の74%が沖縄に集中していることが「デマだ。実際には23%に過ぎない」という言説について、次のようにのべている。
 自衛隊の駐屯地を米軍が共同で使用している施設があり、それを含めると沖縄の米軍基地は23%になる。しかし、自衛隊千歳駐屯地(北海道)や仙台駐屯地(仙台市)、朝霞駐屯地(東京都)などは共同使用施設の位置付けだが、実際には自衛隊基地であり、騒音や事故に対しても基本的には国内法が適用されている。米軍専用施設が日米地位協定に基づき、米軍への配慮が尽くされた形で運用されているのとは比べようもない。
 米軍の駐留兵員数で比較すると、沖縄の過重負担はより鮮明になる。2011年6月末の統計では、陸軍、海軍、空軍、海兵隊を合わせた在日米軍兵力の総数は3万6712人で、沖縄の米軍は70・4%に相当する2万5843人。特に海兵隊は日本駐留の1万7585人のうち沖縄駐留は1万5365人を占め、割合は87・4%に達する(米軍はその後人数を公表していない)。 
                      DSCN0489[1] - コピー
                      キャンプハンセン
 世界一危険と言われる普天間飛行場について、「もともと田畑で人はおらず、基地ができた後に周りに移り住んだ」とする言説について、次のように指摘している。
 「普天間」がある場所は戦前、集落が広がり、人々が生活を営んでいた。現滑走路の一部はかつて松並木の宜野湾馬場で、伝統の琉球競馬を見に遠方からも人が訪れた。米軍は沖縄戦で地元住民を収容所に閉じ込め、その間に基地建設を強行した。住民は基地の周りに追い出された。地主たちは現在も、清明祭(先祖供養のお墓参り)などの際に、基地内の墓を訪れている。
 ハーグ陸戦条約は戦争中の民間地奪取を禁止している。普天間は民間集落だったため、この場所への基地建設はもともと同条約に違反する行為だ。米公文書によると、米軍は沖縄戦が始まる1年半前、1943年10月の段階で地形図などを研究し、普天間飛行場の建設を計画していた。基地建設は戦闘の“どさくさ”ではなく、民間地だった事実を把握した上で綿密に計画されていた。
 「基地ができた後に人が移り住んだ」という主張は、沖縄の歴史の“起点”に米軍上陸を置いている面でも不適切だ。 
                   IMG_0062.jpg

 その他の言説についても反論している。
 「辺野古移設で負担軽減?」には、辺野古新基地には弾薬庫や軍港など機能が加わり、基地負担は軽減しないこと。「米軍犯罪率は県民以下?」には、米軍犯罪は沖縄に米軍がいなければ発生しない、米軍人は地位協定で保護され、基地外でも勤務の最中などは「公務中」として日本側に裁判権がないこと、米軍関係者が一般刑法犯で摘発されても起訴率が県民より低いことなど指摘。「件数で比較できない」ことを明らかにしている。
  「国から予算で厚遇?」について、国庫支出金と地方交付税を合計した国からの財政移転は、一人当りで9位、総額で17位となっており、1位になったことはない。沖縄だけが「特別扱い」をされているわけではないとのべている。
 特集は「沖縄の過重負担は歴然」と結論付けている。
スポンサーサイト

政治 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<止めよう辺野古新基地建設!沖縄県民大会に3万5000人 | ホーム | 伊江島にあるヤマト系歌謡、その4>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |