レキオ島唄アッチャー

伊江島の歴史から、6割が年貢

  年貢の内訳
  『伊江村史』の伊江島の歴史からの紹介の続きである。
 伊江島からの年貢の内訳を示すと
○370石 正租雑穀で納める。
○314石 6出米の合計 米にして157石
 雑石成換(ナリカワリ)は2倍にして納める
計754石 これを起(オコシ)という。
○起は草高に代(税率)をかけて計算した単純正租のことである。これは表向きの税で、これを基礎にして種々の加徴米がついて初めて総税額が決まってくる。
○先(サキ)というのが徴収される。それは鼠害(ソガイ)虫害、蔵べりなどを考えて加徴される。
 米納は1石につき2斗8升。雑穀は1石に付6斗4升を加徴した。
伊江島の場合これは大きい。483石になる。
○斗立(トダテ)は、貢租は盛り升だったのが、慶長検地以後は薩摩の斗かきで計算した。その結果、王府の減少分をきたしたので、盛り升に相当する高を加徴した。
  口殻(キチガラ)は年貢納める百姓に給する飯米用として取っておいた。起1石につき2升5合。
  欠補(ケッポ)は現物納入時のこぼれ、出し入れする際の斤減りに備え加徴した。伊江島は1石に付き2斗2升8合。これは升をはかる蔵役人の役得に廻された。
 蔵役人心付は年貢を受けとる諸役に謝礼をするためのもの。1石に付き1斗6升の報酬を公然と取るわけである。
 403石 斗立以下4種類の加徴分の計。
○300石 地頭地作得
○374石 オエカ地作得(注・オエカ地は地頭代以下の間切役人に給する)
○14石 ノロ地作得(注・ノロ地は神女ノロに給する)
 総計2328石 実際の年貢高である。
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                    城山からみた島の風景
 公課は6公4民
 島の総石高は3770石であるから、これで年貢高を除してみると6割強である。島の公課は6公4民である。いかに苛重であったかがわかる。表向きの4公6民は薩摩側の言う表向きの善政のことで実際とはちがうのである。
 <注・伊江島の年貢は、表向き4公6民で、4割が貢租とされているが、実際には6公4民で6割強が貢租となっていたことを明らかにしている。相当の重税である。>  
            
  逃亡する者も多かった
 それで負担に堪えず土地を捨て逃亡する者も多かったという。多くは山国に逃げ山仕事で生活をしたという。島の逃亡者の多くは久志間切の川田平良(現東村)に行ったという。これを「川田、平良かい、傾き走い(カタンバイ)」と云うたようである。この言葉を実証するかのように戦後に川田平良にいる島人の子孫が元祖拝み、神拝みにきてびっくりさせることがあるという。
 上納のため地割地(割り当ての土地)を次の地割まで譲渡する者もいた。下男下女に身売りする者もいた。配当地を失ったものは名子(ナゴ)といった。無産者ということで、保証人がないと与(クミ)にも入れられなかった。土地の割当に抵抗するものも出た。土地を貰えば貰うほど年貢に苦しまなければならぬからである。しかし土地の兼併は行われて地主もできた。多くは番所役人か一部の物持が買った。無財産の名子になると小作人になるしかない。良畠は先ずノロに、次に地頭に、そしてオエカ人にと順々に選ばれ百姓地は村から遠いやせ地が配当されたようである。

<注・重税に耐えられず島から土地をすて逃亡する者、身売りをする者も出た。割当地を譲渡する者、配当地を失って債務奴隷のような名子になる者もいたという。薩摩と首里王府による搾取のもとで、重税に苦しめられた百姓の実態がうかがえる。> 
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                             首里城

  上納を徴収し督励する役人を近代では取納奉行(しゅのうぶぎょう)と云うた。古くは代官といゝ7人いた。国頭取納奉行の管轄には伊江島、伊平屋島も含まれている。奉行には5人の部下がいてそれを帯同して各管下の間切や島を巡廻し、徴税事務の監査をした。課税が正しいか、滞納者はいないか帳簿類を照合点検して完納された時点で封鎖して認定を確かめて番所に保管せしめたという。これを跡見勘定という。この書類は更に田地奉行が開封して一々納税人を面引合をして確かめたという。二重三重に監視の目を光らせている。この費用は一切島持ちである。筆者5人(臨時職)には給料に当る扶持米を与えなければならず完納事務が長引いたらそれこそ大変である。
百姓には一番こわい役人ではなかったかと思う。

  大政治家羽地王子朝秀が出て世の立て直しをした。彼は従来薩摩が許さなかった開墾を請うて許されたので大いに開墾奨励をして生産をあげた。また百姓の労苦を思い折目(ヲリメ)を設けて御馳走することを許した。折目行事はこれから始まるという。
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