レキオ島唄アッチャー

竹下和平さんが語る奄美島唄の魅力


奄美民謡竹下流の師匠、竹下和平さんが奄美シマ唄について語った『唱者竹下和平 シマ唄語り』を読んだ。同じ南西諸島にあり、琉球文化の影響を受けた奄美諸島だが、奄美のシマ唄は沖縄の民謡とはまったく異なる独特の魅力がある。竹下氏の語りは、とても含蓄のある話でどれもとても興味深かった。お話は多岐にわたるので、ここでは、奄美独特の裏声や節回しにかかわることだけをピックアップして紹介する。以下、語るのは竹下さん。インタビュアーは、清眞人さんである。
 
 裏声唱法
 とても面白い問題は、奄美の宗教や文化は琉球の時代に沖縄から大変影響を受けたし共通なものが大変多いにもかかわらず、歌謡文化は相当違うという点ですね。まず、あっちはいわゆる琉球音階で奄美は大和、つまり本州と同じだから、聴いたらいっぺんで違うと感じます。
  沖縄の唄はつねに踊りと一体です。奄美では、八月踊りと八月唄は一体だが、三味線唄としてのシマ唄となると、これは踊りなしの唄だけです。…
 奄美のシマ唄は情緒の起伏が沖縄と比べたらずっと激しいんですよ。男の声のキーは、女と比べたらもともと低いわけだけど、それを歌声を使ってまでも女の声に掛けて、それを上回るほどに張り上げたいという情緒、低いところから初めはゆっくり這うように声をうならせながら、感情が高揚してくると、一気に高みに駆け上がる、そういう情緒の起伏、このシマ唄の起伏の激しさを基準に据えると沖縄の歌謡はむしろ平坦に聴こえるほどですよ。… 
            
 確かに裏声はシマ唄を歌う男性の歌声の大きな魅力ですが、必ずしも男は誰もが裏声で歌わなければならないということではない。やはり、唄声の魅力、その詩の「ぐいん」(味・妙味)はその唄い手の節回し、つまり「曲げ」にある。そして、その人の「曲げ」の力・魅力を発揮するうえで、あんたの声の質からいって、あんたは裏声ができる声を持っている人だから、裏声ができるようになったら、あんたの声の質からいってその「曲げ」がもっと生きるよということがあるし、逆にあんたは無理して裏声を出さないほうがよい…声のキーを低いままに置いといて、その低音の幅のなかで魅力的な「曲げ」を追求すべきですよ、こういう場合もある。…
  「大きな曲げ」、もちろんそれをピシッと身につかねばそもそも話にならないけれど、唄の「ぐいん」が出てくるのは、その土台の上に、さらにその人の唄心に繊細さが思わず滲み出てくる「小さな曲げ」の魅力、そこからです。いわゆる「こぶし」ね、それがこの「小さな曲げ」ですよ。
 
  八月踊り唄と三味線唄としてのシマ唄の関係そしてリズム・拍子の問題
  唄の味(ぐいん)はこぶし、「小さな曲げ」にあるといいましたが、この「小さな曲げ」が曲げとして生きるためには、その土台にこのリズムの正確さがなければならない。矛盾しているようで、そうなんですよ。そこがポイントなんですよ。土台のリズムの正確さがなかったら、ただの音痴になってしまう。ただ自分勝手、我流になってしまって、「うまい! 味がある! 面白い!」とはならない。
 
 尺と曲げ
 「尺」というのは、間の取り方、音と音、歌詞と歌詞との間の、その長さのことです。だから「間尺」ともいわれる。つまり、結局リズムのことですね。尺が正確で乱れない、これがまず唄を歌うときの土台、ここがブレたら、唄にならんわけですよ。「尺音」というと、それは節回しのこと。
 
 昔の人が偉いのは、尺が実に正確で、それをきちんと聴き取って守ってきたという点ですね。昔の唱者と呼ばれた人は実に間尺が正確だった。だから、あっちは笠利、こっちはヒギャと地方は違い、またそのなかでシマがまた違っても、その人の間尺を知っていると、相手に合すことができた。… 
 さっき取り上げたように、「曲げ」というのは、節回しのことです。独特に曲げることですね。音と声を。で、奄美大島の南部の瀬戸内の節は「ヒギャ曲げ」、北部の笠利地方の節は「カサン曲げ」といいます。「ヒギャ曲げ」と「カサン曲げ」とを比べると、曲げはヒギャの方が強いですね。曲げて曲げて、ヒギャ曲げは歌いますね。地形が違うんですね。笠利は台地と大洋の外海、瀬戸内は入り江、入り江で、また山また山ね。 
                 奄美大島


  聞き手の清眞人氏は、瀬戸内の元町長の清水秀親さんの話を紹介している。
  「北部には唄の調べを曲げる必要がね、地形的になかったのよ。まっすぐに突っ込むなり、走ればよい。ところが東の瀬戸内では心は入り江の陰影そのままに曲がるのよ。曲がりに曲がり、人はいくのよ。北のほうは出ればすぐ外洋で、もう行ったきりよ。ところが、東のほう(瀬戸内)は、船が出ても名残惜しいのよ。シマからシマへと伝い渡っていくでしょ」
清さんは「風景と人情と唄の情緒、つまり『曲げ』が深く関係し一体である。この点こそが民謡の民謡たる基ですね」と解説している。

 ここで話されているように、同じ琉球弧の島であっても、沖縄民謡と奄美民謡は大きな違いがある。ただし、竹下さんが話された奄美民謡の勘所は沖縄でも共通するところがあるように思う。
私のような素人は、「尺」と呼ばれるテンポが一定しない。ゆっくり弾く曲でも、早くなる。初めはゆっくり弾いていても途中からテンポが早まる。こんなことをいまだに繰り返している。
「曲げ」というのも、民謡は節回し、こぶしが効いてこそ唄の味が出る。八重山民謡を歌っていても、あらかた歌えるようになったかな、と思っても「小さな曲げ」が上手くできていない。それが出来ないと歌は平板になる。竹下さんのお話を読んで、改めて共通する勘所の大切さを感じたところである。
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