レキオ島唄アッチャー

神職者にイラブ捕獲権与える

 なぜ神職者に権利が与えられたか 
 なぜ、イラブ―漁が島の神職者である久高ノロ家、外間ノロ家、外間根人家だけに、権利として与えられてきたのだろうか。
  野本寛一氏は「エラブウナギの民俗誌」(『久高島の祭りと伝承』)で次のような見解をのべている。  
  久高島におけるエラブウナギの捕獲権は、ノロ地・根人地という神役の畑地権(注・島の耕地は共有制となっているが、外間・久高両ノロ、外間・久高両根人は専有地が与えられている)と対応する同質のもので、島の祭祀にかかわる家に与えられたきわめて合理的な権利だと言える。
                  IMG_8079.jpg
   写真はドキュメンタリー映画「イザイホウ」の一場面(ホームページから)
 このことは、久高ノロの権利であるガマから、ムラガシラ(村頭)2人に対してもエラブ捕獲の権利が分与されていることによってもわかる。ムラガシラ分与は、久高・外間両ノロ家・外間根人家三分後に発生したものと考えられるのであるが、それには、旅稼ぎの多かった久高の男達を一年間神ごと奉仕で制約することへの報酬の意味があったと考えてよかろう。これは、6月7月のスクの収入の一割がソールイ(注・棹取神、筆者は頭領と見る)に与えられることにも対応する。
 久高ノロ家・外間ノロ家・外間根人家に世襲的にエラブの権益が与えられていることは、当然、島の祭祀を支える経済基盤の保障を意味しており、交替するムラガシラに対してはその役職に連動して権益も交替したのである。

  イラブ―捕獲の権利は、現在、どのようになっているのだろうか。
  「エラブ―漁獲権は、久高の頂点に位置する神役久高、外間両ノロと外間根人のみがもつ特権であった。このうち久高ノロの所有高は突出していたが、ノロ没後、利権を村に寄付した。現在は村内の希望者を募って捕獲させている」(齋藤ミチ子著「記録されたイザイホー ―画像から見た祭祀状況と聖域の変容―」)
スポンサーサイト

民俗 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<遠海に漁に出た久高島の海人 | ホーム | 久高島のイラブ―漁>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |