レキオ島唄アッチャー

久高島の奇習「逃げる花嫁」

 久高島の奇習「逃げる花嫁」

  久高島には、結婚すると花嫁さんがお婿さんの家から逃げるという奇習があったという。いったいどういう風習なのか、比嘉康雄著『神々の原郷-久高島(上)』から紹介する。
  結婚式の翌日、婿側嫁側のそれぞれの実家で、夜、親戚が招待されてアトゥウェーがある。後宴のことである。後宴の翌日、婿家がまだ寝ている早朝、隣家から来て水汲みをしたり、お祝いの後片付けをしたりと働き、婿家が起きる時刻になると実家に帰って実家で食事をした。なお、アトゥウェー(後宴)後は、婿方の近所の家にも泊まることが許されない。
  <注・婚礼当日、水盃を交わし、夫婦の契りを結んだあと嫁の一行は、婿側があらかじめ決めてあった婿方の近所の家に向かう>
  もちろん実家にも泊まることができず、嫁は夜になると寝場所を求めて逃げ回ることになる。昼は婿方の畑の手伝いなどをしたりし、夕食の準備の手伝いまではして、夕食はとらずにこっそりと婿家を抜け出して、婿が捜せそうもないような友達の家とか、あるいは山の男子禁制のフボー御嶽なども良く隠れたという。友達が食べ物や寝具などを運んでくれた。婿はその友達数人を連れだって嫁捜しが毎夜おこなわれた。婿側には立入り捜査権が認められ、婿たちの家捜しにはどこの家も応じていたという。
  昭和の初め頃、ムラの協議の結果、嫁が逃げる期間を5日間と定めたので、それ以後は5日以内には嫁は婿につかまえられた。昔は1カ月、2カ月と一番長い人は1年も逃げた例もあったという。またあまり長く逃げるので婿はあきれ果て、捜すのをやめて出漁してしまい破だんになった例もあったという。
                  003.jpg
                      久高島
 座敷イリーン
  つかまえられた夜から嫁は婿と寝ることになるが、いきなり2人で寝るというのではなく、婿の姉妹またはいとこ(女性)が嫁と婿の間に添い寝するという慣習があったという。2,3日ぐらいはそのまま寝た後、添寝役の女性は夜中にこっそり寝所をぬけ出し、2人にするというのである。

 女性は神のものと見る習俗があった
  なぜこういう風習があるのか、比嘉康雄氏はとくに解説していない。
そこには、女性を神のものと見る古い習俗があるらしい。
  池田弥三郎著『性の民俗誌』によると、「村の娘は、村の神の所有物だから、人間との結婚は、娘自身の意志ではないとよそおう必要があった。そうした『嫁かたぎ』の風習が残っているところがあった。沖縄の娘は結婚するとその夜から逃げ隠れてしまう。男は友人の力を借りてみつけなければならない』(「考えるための書評集」HP)。
  男性と結婚する場合、女性は神に対して自分の意志で結婚するのではないことを装う必要があった。そのために、結婚の契りをすると、昼間は畑仕事や食事の準備をするけれど、夜になると逃げてしまうのだ。
しかも、できるだけ早く捕まらないように逃げたという。
  戦前、久高島にも来た民俗学者の折口信夫氏は、この嫁入りしたときの島の習俗に関心を示したという。
日本の古代には、神に仕える女といふのは、皆「神の嫁」になります、だから「夫なる神の為に逃げ廻った」「現在でも、沖縄へ行って見ますと、さふいう事があります」として、久高島の例をあげている。
  「以前には花嫁が逃げてから早く捕えられると其村では殊に貞操観がやかましくて、結婚以前に会って居つたといふ事になつて、非常に悪く言はれ、爪弾きをせられる。だから、夜行きたくつても、出来るだけ逃げ廻るのです」(折口信夫著「古代生活に見えた恋愛」、ネット図書館「青空文庫」)
  
  三隅治雄氏は、折口が久高島でこの習俗を調査したことにふれて、「こうした、女に対して特に課した習俗の、この島にさまざま遺存している点を、折口先生は『わが国の昔女の有様を語つて居る』ものとして、なお肌目こまやかな採集を行われた」とのべている(三隅治雄著「女の祭り・女の働き」、『久高島の祭りと伝承』から)。
  折口氏は、この嫁入りのさいの習俗が「わが国の昔女の有様」が遺存したものと見ている。
  池田、折口氏らの説明を知れば、久高島でなぜ花嫁が逃げるのか、その意味がある程度理解できる。
花嫁が逃げる習俗の根底に、女性は神の所有物という思想があったとすれば、久高島のイザイホーの祭儀とは深いつながりがあるかもしれない。イザイホーは、島で生まれ、生きるすべての女性が30歳以上、祭祀集団に入り神女となる。その年齢の前であっても、島の女性はすべて生まれながらにして、将来は神女となる定めにあった。そういう「神の島」だからこそ、「逃げる花嫁」の風習が根強く残ったのではないか。素人的には、そんな気がする。
スポンサーサイト

民俗 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<末吉公園でオクラレルカ咲く | ホーム | アルテで「通い船」を歌う>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |