レキオ島唄アッチャー

神の島・久高島の祭りと暮らし、祭儀で謡われる神歌

  イザイホーのティルル
  祭儀の中で謡われる神歌には、島の人々の思い、願が込められている。
「イザイホーの歌には、ウムイとティルルがある。ウムイは香炉に向って坐って謡うもの、ティルルは立って舞いながら謡うものという区別があるのではないかという。アシビ(遊び)の歌はティルル、祈願の歌はウムイということになろうか」(桜井満編(『神の島の祭りイザイホー』)

  たくさんの神歌のなかから、一つだけ例示する。「七つ橋渡り後のイザイホーのムトゥティルル」である。その大意を比嘉康雄、谷川健一著『神々の島 沖縄・久高島のまつり』から抜粋で紹介する。
イザイホーのムトゥティルルを声高らかにうたいました。
どうぞナンチュたちを120歳までも長生きさせて下さい。
嶽々を栄えさせ
夫を栄えさせ、息子たちを栄えさせ、
元を栄えさせ、島を栄えさせ、
ノロの畑も、ムラ人たちの畑も栄えさえて下さい。
北の海へ行く、久高の男たちを守って下さい。
今年一年中、みんな、しあわせにして下さい。
神女たちは、
ニライカナイを拝み、天を拝み、
真南にあるスベーラキを拝みます。
明日の早朝には、もっと、もっと拝みたてまつります。
どうぞ、御神様、お聞き届けください。
  
  このティルルを読むと、久高島に生きる人々の深い信仰と、日々の暮らしのなかで思いや願いが刻まれている。

  神遊び
  イザイホーの儀式には、「アシビ(遊び)」という名称がついている。「ユクネーガミアシビ(夕神遊び)」から始まり、「カシララリシビ(かしら垂れ遊び)」、3日目の「ハーガミアシビ(井泉の神の遊び)」など。現代的な意味の「遊び」の観念とはまったく異なる。
  「久高島では、イザイホーの時にノロ以下のカミンチュ(神人)が歌い舞うことを、アシビまたはカミアシビと言う。折口信夫氏の言う『遊び』の原義――鎮魂のための歌舞が、ここに顕然と生きているのを知ることができるのである。
  また、そういう神遊びにうたう神歌を、この島ではティルルと呼んでいる。これをオモロとかウムイと呼ぶ人もあるが、ティルルとウムイ(オモロ)との間には区別があるようである。久高ノロ(安泉ナヘさん)の話によれば、ティルルは神様に申し上げることばで立ってうたうもの、ウムイは坐ったままうたうものではないかということである」(桜井満編『神の島の祭りイザイホー』)
  「遊び」は久高島だけではなく、広く沖縄の各地の祭祀にも残されている。

 年中行事が多い
 イザイホーは島の女性が神女になる儀式であるが、すでに1978年を最後に途絶えている。といっても、久高島には、年間を通してたくさんの祭りと行事がある。
                     005.jpg
                      久高島のカベール浜だと記憶する
  島の神々  
 久高島には、数多くの神々がいる。
  「久高島の人びとは、ウタキには常に祖先神がいて島を守り、カベールムイには竜宮神がいて海の幸をもたらし、東方の海の彼方、久高島の人々の死後の世界であるニライカナイからは、神が定期的に島を訪れ、祓い清めてくれる。天には太陽と月の神がおり、常に島人のしあわせをもたらしてくれると信じているのである」(比嘉康雄氏、『神々の島 沖縄・久高島のまつり』)
 
  年中行事は、じつに、27回も行われている。祭りは、神女たちの主催する、農耕に関する祭りと、男たちが主催する、海に関する祭りを柱に、ムラ人たちの健康祈願、祓い清めの祭り、それにニライカナイからの来訪神に関する祭りなどに大別される。祭りは、1ヶ月に1~2回、多いときは4回もある。祭りの日取りは、ティキガナカ(月の中の意)のミンニーの日が良いとされる。ミンニーとは、みずのえ、みずのと、きのえ、きのと、の4日間のことで、きのえ、きのとはウットゥ(弟)ミンニーといわれている。この日取りは、ノロなどのクニガミ(ムラ単位の祭りを司祭する神)たちが決める。あらかじめ、日が決まっている祭りは、旧正月、旧3月3日、旧3月29日のハマシーグ旧6月1日のキシウマーイ、旧6月16日のミルクグヮッティ、旧7月29日のヤーシーグ、旧8月祭、旧11月13日のアミドゥシなどである。祭りの場所は、外間殿、久高殿、各ムトゥ、浜、フボーウタキを中心にタキダキで行われる。
(比嘉康雄、谷川健一著『神々の島 沖縄・久高島のまつり』)

スポンサーサイト

民俗 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<盛り上がった「フォークの日」ライブ | ホーム | 読谷、恩納方面にドライブ>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |