レキオ島唄アッチャー

ジョン万次郎上陸の地を歩く、その1

ジョン万次郎上陸の地を歩く

 ジョン万次郎がアメリカから帰国する際、上陸したことで知られる沖縄・糸満市の大渡海岸を歩いた。今回は、ジョン万次郎上陸之地記念碑建立期成会副会長の和田達雄さんが案内をしてくれた。和田さんは、高知県出身で近くの米須に住んでいる。記念碑建立に情熱を注いでいる方である。 
                 IMG_8204.jpg

 大渡海岸は、いまダイビングやシュノーケリングの適地として、県内外から人々が集まる。この日も、朝からアメリカ人を含めてダイビングやサーフィンを楽しむ人たちが駆けつけていた。大度海岸は「万次郎ビーチ」とも呼ばれている。
                   IMG_8212.jpg
 和田さんは、「ジョン万次郎の琉球上陸、半年の足あと」を文章にまとめ、「下船から上陸までの経緯」「上陸小渡浜から翁長村への道順」を、写真や図を使ってわかりやすくA3用紙2枚に図解している。パネルにして近くの「海の見えるレストラン」に展示もしている。
                  IMG_8240.jpg

 万次郎(23)と伝蔵(47)、五右衛門(25)の3人は、ハワイから商船サラボイド号に乗船して琉球の喜屋武岬沖まで来て下船し、小型ボート・アドベンチャー号を降ろした。雨と霙(ミゾレ)混じりの寒い荒海の中、10時間近く漕ぎ、大渡海岸沖の干瀬(ヒシ)の浅瀬に着き、一夜を過ごした。翌朝、ヒルクイエ(海水温が急に凍え死んだ魚)を捕りに来た村人に出会う。異様な容姿に驚いて逃げてしまったが、一人の若者が話しかけてきて、「ここは琉球の摩文仁間切(マギリ、いまの町村)」と応える。「どこから来たのか」と尋ね、漂流して異国で10年過ごし帰国する旨を話すと、安心したのか「ここから東によい船着き場があるので、そこへ回りなさい」と教えてくれた。3人は広い海岸の東端にある小渡浜に無事上陸した。
1851年2月2日(旧暦正月2日)のことだった。
                 

スポンサーサイト

沖縄の歴史 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<ジョン万次郎上陸の地を歩く、その2 | ホーム | 政策的に作られた村褒めの歌>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |