レキオ島唄アッチャー

島分けを歌った八重山哀歌、「つぃんだら節」

「つぃんだら節」
  すでに紹介したが、黒島からの強制移住をテーマとした哀歌「つぃんだら節」を改めて見ておきたい。
 黒島に住む男・カナムイと乙女・マーペーは恋仲だった。しかし、村の道を境にして、移住する者と残留する者が決められた。マーペーは移住させられ、カナムイは島に残された。マーペーが移されたのが石垣島の北部の野底である。
 マーペーは、故郷の黒島にいる彼を見たいと思って、険しい野底岳に命がけで登った。でも、野底岳の南西には、沖縄で最高峰526㍍の於茂登岳(オモトダケ)がそびえ立ち見えない。それでも、毎日毎日人目を忍んで山に登り、神に祈った。祈りながらマーペーは次第に石と化していった。いまも山にはその岩があるという。
「つぃんだら節」の歌詞は次の通り。
♪とぅばらまとぅ我(パ)んとぅや ヤゥスーリ 童(ヤラビ)からぬ遊びとーら 
   ※ツィンダラ ツィンダラヤゥ
 かなしゃまとぅくりとぅや くゆさからぬむつぃりとーら 以下ハヤシ省略
♪島(スィマ)とぅとぅみで思だら ふんとぅとぅみで思だら 
 沖縄(ウクィナー)から仰(ウィ)すぃぬ 美御前(ミョーマイ)からぬ 
  御指図(ウサスィ)ぬ
♪島分(スィマバ)がりでうふぁられ ふん分がりでうふぁられ
  うばたんがどぅけなり 野底(ヌスク)に分ぎられ
 
歌詞の意訳は次の通り。
♪貴方と私は子どものころから遊び仲間 貴方と私は幼少からの睦まじい仲だった ※かわいそう、かわいそう
♪島のある限り 村のある限りと思っていたのに 沖縄(首里王府)からのご意思 
  国王からの命令だった
♪島分けで分けられ 村分けで引き離され 私が海を渡り 野底に連れてこられた
 
  「つぃんだら節」は、仲睦まじい二人が首里王府の命令で引き裂かれ、野底に移されるまでが描かれえいる。
 『南島歌謡大成 八重山編』によると、このあと12首の歌詞がある。訳文では「私ひとり ひどく苦しむ 黒島に残され」「あなたを見たくあっても 私の伝言をできず」「私を見たくても あなたに伝言ができない」と続く。でも、重要なのは前半の歌詞なので省略する。


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                    悲しい伝説のある野底岳歌詞なので省略する。
 
 「つぃんだら節」は単独でなく、続けて歌う「退(ピゥ)き羽」として「久場山越路節」(クバヤマクイツィブシ)が続けて歌われることが多い。
 この曲は、野底に移された女性が、黒島では彼氏と村は一つだった、と懐かしく回顧する内容となっている。
歌詞は次のような内容である。
♪黒島にうるけや さふ島にうるけや ※ハリヌツィンダラヤゥカヌシャマヤゥ
♪島一(ピティー)づぃやりうり ふん一づぃやりうり ※以下ハヤシ略  
♪ぶなびしん我達(パー)二人(フタルィ) ゆいふなぐん我達二人 
♪山行きん我達二人 いす下(ウ)れん我達二人 
              
 歌意は次の通り。
♪黒島にいた間は さふ島(黒島の別称)にいた間は 
  ※かわいそうな愛しい人よ
♪島は一つだった 村は一つだった 
♪苧(ブー)作業の時も私たち二人は(注) 結(ユイ、共同作業)をする時も
   私たち二人は一緒だった
♪山に行くのも二人 磯下りの時も二人だった  
 注・苧は布織りの糸の原料。苧にかかわる作業か、もしくは一般的な夜業、夜鍋か、「ブー(夫役)に服する作業か、いろいろ説がある。

  この曲も、『南島歌謡大成 八重山編』當山善堂氏編著『精選八重山古典民謡集』によれば、歌詞は11番まである。訳文では「貴方といつまでも一緒だと思っていたのに 私といつまでも一緒だと思っていたのに」、王府の命令で「島分けを仰せ付けられ」と「つぃんだら節」と同様の歌詞が続く。
「久場山越地節」も、歌っていてとても胸をうつ歌詞である。
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