レキオ島唄アッチャー

伊江島にあるヤマト系歌謡、その4

 伊江島の村踊
 これまで見たきてように、伊江御殿、伊江殿内の長い支配のもとで、伊江島の優秀な若者が薩摩や江戸の「旅役」に随行して、大和(日本)の文物を見聞させ、芸能を学ばせて帰国するのが習わしになっていたという。こうして学んだ大和文化、芸能を伊江島に伝えたことによって、伊江島に特色ある大和系歌謡、芸能が残されることになったということである。
 最後に、伊江島の豊かな芸能が披露される村踊にふれておきたい。
 「『伊江島の村踊』は先人の遺した貴重な文化遺産として、村ぐるみで保存・伝承されている。
村踊は、琉球王朝時代にヤマト上りの際、伊江王子のお供をしていた島の若者が習い覚えてきた『ヤマト風芸能』と沖縄本島や先島から伝承してきた『沖縄芸能』、島で創作された『独自の芸能』に分けることができる。 
                 

  二才踊り(青年踊り)がほとんどで、2~4人構成で演じ演技時間が1分程度と短いのが特徴。島には、数多い村踊を始め、独特な民謡、琉球古典音楽をとり入れ、沖縄風にした組踊『忠臣蔵』が県内で唯一、伊江島に保存伝承されている。村踊は毎年11月の伊江島民俗芸能発表会で披露される」(伊江村HPから) 
  伊江島の村踊はまだ見る機会がない。YouTubeにシネマ沖縄1977年製作「村踊沖縄県伊江村伝統芸能」がアップされている。これで見ると、なるほど男性だけの2~4人だけで踊る舞踊が続く。女性の踊りは出てこない。踊りは短いがほとんどヤマト風の踊りである。私の知る限り、県内の外の島や地域の豊年祭、村遊びなどの芸能とは異なる特色がある。 
 一度見てみたい村踊である。
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