レキオ島唄アッチャー

神を褒め、吾等も褒めた古謡

神を褒め、吾等も褒めた古謡
 豊作を祝う歌謡で、豊穣をもたらしてくれた神様や誰かを褒める歌は、節歌の村褒めの曲以前の古謡にも、たくさんあった。
 「かんむらーま」(鳩間島)は、鳩間島に豊かな世になれば「誰を鳴響(ティユ)ます 親神(ウヤガミ、祖先神)を鳴響ます」と歌われた。  
                 
         鳩間島独特のカンムラーマと子どもたちとの子孫繁栄の踊り
 「ゆーくいじらま」(鳩間島)もほぼ同様の歌詞だ。
 「ぱーれー唄」(黒島)は、「来年の世が 来夏世が稔るなら 誰が鳴響む(評判になる) どれが名を取られるのだろうか」と問いかけ、大親神、守護神が鳴響む、さらに「吾等皆が鳴響む 鳴響まれるのが 名が取られるのが欲しくて その果報を この願いを祈願する」と歌う。
 「穂利じらば」「ながれくいじらば」(黒島)もほぼ同じ内容である。「ぺんさあ」(黒島保里村)も同じような歌詞である。
  これらは、豊穣の世になり評判になるのはまず神様である。神様だけでなく「吾等みんなが鳴響む」、評判が欲しくて「果報を祈願する」としているのが面白い。
 
  評判になる対象に、役人を上げる古謡もある。
 「今日が日じらば」(西表島崎山村)は、弥勒世をいただき、首里への貢物を積み上げ、私でさえ嬉しい、来夏世の願いをかなえてくれれば、「崎山村の主の前(御役人様)はもっとだろうよ 下八重山の作当り(役職名)はもっとだよ」と役人を持ち上げる。
 「正月ぬあゆ」(黒島)は、大親神に続いて「島の世持(階級名)を鳴響ませる」としている。
  「ぱいみじらま」(鳩間島)も同じく、祖神(祖先神)や手摺り(神女)の名を取らす、さらに世持ちたち、島持ちたちの名を取らすと褒める。ただ、その後に続けて「我等皆を名取らす」と村のみんなも褒めているのが、したたかというかたくましい。

 
  このように、ジラバや豊年祭の古謡など豊年を祝う歌謡では、褒め称える対象は、親神(祖先神)や神女が中心であり、その後に役人や村人も入っている。決して役人だけを褒める内容ではないところが注目される。
 しかし、士族たちが作ったという節歌の村褒めの曲になると、褒め称えられるのは、「豊かな世は役人さまのお蔭」と役人褒めが中心である。「親神を鳴響せる」というような神への感謝の言葉もほとんど出てこない。ましてや村の百姓「我等みんな」はまったく対象にはならない。ここには見過ごせない変化があると思う。
  つまり、民衆のなかから湧き出る思いが込められた歌謡ではなく、役人らが政策的に作ったり、編曲したという節歌の特徴が色濃く反映されているのではないか。

  愛される村褒めの歌
 これまで村褒めの曲について、ケチばかりつけていると受け取られるかもしれない。だが、それは真意ではない。
村褒めの曲が政策的に作られたといっても、その曲の民謡としての価値やそれがどのように人々に受け入れられたのかということは、まったく別の問題である。
 節歌は三味線を中心とし太鼓、笛などの伴奏をともなって歌われ、さまざまな祝いの場で歌われたという。村褒めの曲は、三線、太鼓、笛をともなって歌われると、華やかである。祝いの場をはじめ機会あるごとに繰り返し演奏されるうちに、士族層にとどまらず広く一般、庶民層に浸透し親しまれるようになっただろう。

  村褒めの曲を演奏すると、とても盛りあがる。気分も楽しくなる。八重山古典民謡を愛する人々に好んで演奏される人気の定番曲の位置を占めている。
  私のように八重山民謡をかじり始めた人間にとって、村褒めの曲に接し、その歌詞を読み込み、歌うことによって、王府時代に生きた人々の移住による村建ての労苦や喜び、豊穣と豊年の世への願いなどを肌で感じ取ることが出来る。そういう意味では、村褒めの曲は、八重山古典民謡の世界で重要な一分野を担っている。これからも、長く愛され、歌い継がれていくだろう。
終わり                 
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