レキオ島唄アッチャー

豊年を祈願か、感謝か、微妙に異なる八重山民謡

  豊作を「給らり」か、「給られ」か、似た表現でも意味は大違い
  話はマニアックになるが、豊年祭などの歌詞のなかで、注意を要するのは「たぼ(給)り、たぼらり」と「たぼ(給)られ」の違いである。「り」と「れ」の一字違いで意味が180度変わるからだ。「みるく世は たぼらり」といえば、「弥勒世(豊穣)を下さい」という願いの意味となる。ところが「みるく世ばたぼられ」となれば「弥勒世をいただき」となり、感謝の意味となる。
  ややこしいことに、同じ西表島祖納村の「あぱれ」の歌詞が、喜舎場永珣著『八重山古謡』(「あーぱーれ」と表記)では「なうり世ば たぼらり みるく世ば たぶらり」となっていて、「稔りの世をください 弥勒世(豊穣)をください」と訳されている。
  これが『南島覚書』では同じ歌詞が「みりく世ば たぼられ 稔り世ば たぼられ」とされ、「弥勒世(豊穣)をいただき 稔り世(豊年)をいただき」と感謝の意味に訳されている。
  この曲の場合、歌詞はこの後、「弥勒世のお祝いをしよう 稔りの世のお祝いをしよう」と続くので、「弥勒世をいただいた」感謝の言葉と解釈した方がよさそうだ。
  ちなみに、村褒めの曲は、すべて「豊年をたぼられ」という感謝の表現である。「豊年をたぼらり」という祈願の表現は使われない。

  話しは横道に入っていた。本題に戻す。
  これまで、ニガイフチ、アヨー、ジラバ、ユンタ、豊年祭などの歌謡を見てきた。古謡を見れば、厳しい自然条件と圧政のもとで、人頭税を完納できる作物の稔りと豊作、豊かで平和な弥勒世(ミルクユ)が、農民にとっていかに切なる願いであったのかがよくわかる。そこには、日々の暮らしと労働の営為のなかからの生まれた切なる願い、思いがストレートに反映されている。
                
              石垣島登野城の結願祭。「弥勒節」が流れる中でのミルク様を送る
  節歌の中にも、豊穣の祝いや願いの曲はたくさんある。それは、村褒めの曲とは、似ているようであるが、明らかに異なる特徴がある。あまりにも多いので少しだけ紹介する。
  「目出度節」は「♪今年作った稲粟は 稔り出来たよ 面白いことよ 年貢上納は不足なくて 捧げ上げたよ 嬉しさよ 捧げての残りは数多あり 酒や神酒等を造って 今日も明日も 遊ぶ嬉しさよ」と歌う。
  「弥勒節」は「♪大国の弥勒様が 八重山に来られ お掛け(御統治)ください 島の主 弥勒世(豊穣)は来られ 遊ぶなら遊べ 踊るなら踊れ お許しであるから」と歌う。
  「てふか節」は、祖神(おやがみ)のお陰で豊作となった感謝と喜び、さらには「世持(村の役職名)達が鳴響まれ 神司達が名が取られ」と褒めている。 
  豊作で年貢も完納できた嬉しさと神への感謝、さらには年貢の残りでお酒を造り、思いっきり遊び踊る楽しさなど、庶民の豊穣の喜びがあふれている。
  といっても、決して村、土地を褒めることを主眼とした曲ではない。村褒めの曲とは一線を画している。
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