レキオ島唄アッチャー

八重山の豊年祭の歌

 豊年祭の歌
  旧暦6月に行われる稲の収穫祭を八重山ではプーリィ(豊年祭)という。プーリィは、その年の豊穣にたいする感謝祈願と来年の豊作の予祝祈願である来年の世願いを行うものである(外間守善著『沖縄の歴史と文化』)。
  豊年祭の歌を見ると、祭りの要素が盛り込まれている。
  「来年の願い」(白保村)は次のような歌意である。
「♪今日の 黄金日を もとにして 来年の世 来夏世(クナツユ)の 願いをする 命果報(長寿)の 孵(フ)で果報の 願いをする 富貴をもって 繁昌をもって 勝れさせ その果報を その果報を 願います」
               
                        鳩間島豊年祭
  「かんむらーま」(鳩間島)は次のような歌意である。
「♪鳩間世が稔ると 友利世が実ると カムラーマモ歓エシ 弥勒世ヲ給ワレル(元歌タボラリ) 誰を鳴響ます 親神を鳴響ます」
  注・「カムラーマ」は鳩間島独特の子孫繁栄を願う踊りである。歌意を見てもわかりにくいが、鳩間に豊穣の世をいただき、誰を褒め称えようか、親神を褒め称えようという意味である。

  「あぱれ」(西表島祖納村)は次のような歌意である。
「♪アパレー 今日の日が嬉しい 黄金の日が嬉しい 弥勒世(豊穣)をいただき 稔り世(豊年)をいただき 稔り世の祝いをする 私でさえ嬉しい 神仏はもっとだよ 神仏も踊ってください 吾等皆も踊ってください 山入数も栄えてください」

  村褒めの原型のような神歌
  豊年祭(プーリィ)の歌謡の中に、村褒めの原型のような神歌がある。
  「ぱーれー唄」(黒島)は次のような歌意である。
「♪今年からかわって 同じ黒島ではない 昔の弥勒世は 近くなったよ 大野原に登って押し下して見ると 稲粟の稔りは弥勒世果報(豊年)…黒島の習慣は果報(豊年)の島だから 米倉を腰当てに 思子(子孫)を前にして 飛ぶ鳥の寄りは高い木の端に寄る」と続き、「来年の世を 来夏世を願いましょう」。囃子では「富貴世は稔(ナウ)れハー世は稔れ ハー粟は稔れ ハー芋は実れ ハー稔れ稔れ ハー実れ実れ」と歌う。 
豊年祭らしく、稔り世(豊年)への祝いと喜びにあふれている。黒島は「果報の島」だから「米倉を腰当て 思子を前にして」と歌い、村褒めの要素が入っている。

  石垣市宮良の神歌の「ナカダキオンヌウタ」(仲嵩御嶽の歌)の歌詞は次の通り。
「♪宮良という島(村)は 果報の島(村)だから 仲嵩を腰当てに 富裕を前にしている 仲嵩に登って押し下ろしてみると 稲粟の稔り 弥勒世果報 稲粟の色は 二十歳ごろの乙女(の色のよう) 色が美しいので 御初をあげる 弥勒の世も賜り 福の世も賜り 何時までも今の如く 弥勒世果報」(ハヤシ略、訳文)
  宮良では、他の御嶽の神歌も同じように豊作、弥勒世をいただいたことに感謝しながら、何時までも豊穣の世が続くことを願っている。

  この曲は、村褒めの形式が完全に整っている。この2曲とも、村褒めの要素があるとはいっても、節歌の村褒め曲とは決定的に異なる点がある。
  それは、節歌の曲は、豊作をいただいたと感謝し、果報の村を褒めただけで完結している。しかし、豊年祭の歌謡は、村を褒めるというより、豊作に感謝し来年の豊作と平和で豊穣の「弥勒世果報」への願いに主眼がある。村褒めにとどまらず、予祝祈願の神歌といえる。
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