レキオ島唄アッチャー

「『世ば稔れ』考」を読む、その8.。まとめ

八重山・宮古の豊穣願う心情が噴出
 波照間永吉氏は、「『世ば稔れ』考」の最後のまとめで、おおよそ次のようにのべている。
 この囃子(「ユバ ナウレ/ユヤ ナウレ」)が、自然に翻弄され、首里王府や地方役人たちの政治に痛みつけられた八重山・宮古の農民たちの心の底からの願望の言葉であったこと。それゆえ、農耕祭祀の場で謡い、踊られる歌謡にその本質的な姿をみせていたこと。そして、この願望の言葉は、囃子として繰り返し謡われるだけでなく、本歌詞の中にもその姿をしっかりとどめるものであること、などを確認した。さらに、この囃子が、庶民を主人公とする物語歌謡にも採られ、物語の内容とは関連性を見出せないようになっていることもみた。これについては、謡い手たちのこの囃子に対する嗜好について考えたが、大きくは、南島歌謡の、本歌詞と囃子詞の関係を明らかにすることが必要であることを指摘した。 
 (さらに、この問題を包括的にとらえるためには、「ユバ ナウレ/ユヤ ナウレ」と類似した文句についても、探索の手を及ぼすべきだと指摘する)
              
                       「ユバナウレ」が歌われる本島民謡「祝い節」
  ひたすら豊穣を希う民族的心情は地下水脈のように流れ続けている。それが噴出したのが「ユバ ナウレ/ユヤ ナウレ」という句なのであろう。この句は、オモロをはじめ沖縄・奄美の歌謡には見出せないものである。いわば、宮古・八重山=南琉球に固有の詞句である。それが生まれる背景には、宮古・八重山固有の長い歴史と文化の積み重なりがあったように思われる。

 「ユバ ナウレ/ユヤ ナウレ」の心情は、ニライ・カナイという海上他界からの豊穣の到来を乞う、琉球弧普遍の文化の中から生まれたものではあるが、その表現は南琉球固有のものである。南琉球の民人の苦難の歴史がこの句を生み、そして、この文句を物語歌謡の中にまで沈静させ、人々の心を支えてきたように思われる。

 以上が、「『世ば稔れ』考」のあらましである。勝手に論旨を要約し、紹介させていただいた。
 八重山古典民謡を歌ってみると、この「ユバナウレ」の囃子は、八重山歌謡を理解するうえでキーワードというべき位置を占めているように感じてきた。それで、この囃子が使われている歌謡の事例を集めて、自分なりの解釈をしたのが「ユバナウレ考」だった。だが、所詮、八重山民謡の愛好者に過ぎない素人が、気楽に私見を書いたにすぎない。

  波照間永吉先生がちょうど同じくらいの時期に、専門的に研究され、論文のための調査を終え、執筆にかかったところで、インターネットにアップした拙文の存在を知ったとのこと。まったくの偶然だった。
  さすがに、八重山の出身で、八重山の民俗や歌謡について研究されている先生ならではの分析と解明で学ぶところがとても多かった。八重山古典民謡を学ぶ方、関心のある方は、是非読んでみてほしい論考である。

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