レキオ島唄アッチャー

「『世ば稔れ』考」を読む、その7。物語歌謡で

 波照間永吉氏著「『世ば稔れ』考」の紹介の続きである。

  物語歌謡と「ユバ ナウレ/ユヤ ナウレ」
  八重山・宮古の物語歌謡と「ユバ ナウレ/ユヤ ナウレ」の関係について、どのように考えればよいのだろうか。2つの側面が考えられる。歌謡の本歌詞と囃子との意味的なつながりの面からのアプローチ、物語歌謡の内容が、囃子として「ユバ ナウレ/ユヤ ナウレ」の句を招き寄せた、という立場。もう一つは、歌謡の旋律や拍などの音楽的な要素と「ユバ ナウレ/ユヤ ナウレ」の囃子が結びついて、内容とは無関係に採用された、と考える立場である。
 
  波照間氏はこのあと「この問題について初めて言及したのは沢村昭洋氏の『ユバナウレ考』だろう」とわが拙文を紹介している。
 物語歌謡40篇(八重山23・宮古17篇)の「個々の歌の大意と『ユバ ナウレ/ユヤ ナウレ』がその歌で謡われる理由の考察を行っている」として、いくつか引用している。また、歌の物語と囃子が乖離し、うまく説明ができない歌の存在についても、私の記述に言及してくれている。 
               
           「ユバナウレ」が歌われる「安里屋節」

 その上で波照間氏は、次のような見解をのべている。
  「説明できる例と出来ない例。この両者を貫く原理があるのではないだろうか。本歌詞と囃子との関係という、『おもろさうし』以来の問題がここにあるだろうか。ただ、今は、本来、豊穣予祝歌の一部として、本歌詞の内容と密接に関わっていたこの囃子詞が、『ユバ ナウレ/ユヤ ナウレ』という全き願望の表現ゆえに、謡い手たちの琴線に触れ、囃子詞として流布していくことになったのではないか、と推測している。すなわち、謡い手の囃子詞に対する嗜好が、歌の内容との関わりを次第に希薄化していった結果、本歌詞の内容とは無縁ながらも、さまざまな内容を謡う物語歌謡の囃子として「ユバ ナウレ/ユヤ ナウレ」が採用されたのではないか、ということである」
 
  私の個人的な感想をのべたい。「ユバナウレ」が「穀穂よ稔れ」という豊穣への願いを表す言葉であることは、波照間氏の論考によってよく理解できた。
 この句が豊穣祈願の歌謡だけでなく、日常生活にかかわる物語歌謡でも、たくさん謡われていることをどう考えるのかー。言葉は、長く使われているうちに、本来の意味が拡張され、時に転じて使われ、新しい意味が付加されることがよくある。「ユー(世)」の語自体が、穀物の稔りを意味する本義から、穀物の実りのサイクル(時間)を意味するようになり、さらに人生の一代・一期、人間の構成する社会(世間・社会)を意味するようになったという。
  
  「ユバナウレ」も使われていくうちに、「ユー」は、本義を離れて「世の中」の意味を持ち、「ナウレ」も「稔り」だけでなく、語感から転じて「直れ」の字で表現されるようになったのではないか。そして「世ば直れ」「世の中がよくなれ」というように、言葉の意味内容が付加され、展開されるようになったのかもしれない。
  「穀穂よ稔れ」の意味だと使われる歌謡は、豊穣祈願などに限定される。だが、「世の中よ直れ」という意味合いを持つようになれば、その適用範囲はぐんと広がる。言葉は、一人歩きする。この囃子のもつ意味と語感が共感を呼び、いっそう多義的な意味を付加され、さまざまな歌謡で謡い込まれるようになっていったのではないだろうか。なんの例証もないが、そんな気がする。
 拙文「ユバナウレ考」を読みたい方はこちらを見て下さい。ユバナウレ考
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