レキオ島唄アッチャー

「『世ば稔れ』考」を読む、その6。展開

波照間永吉氏著『「世ば稔れ」考』の紹介の続きである。
 「ユバ ナウレ/ユヤ ナウレ」の展開
 これらの句を謡う歌謡が祭儀の歌謡に限定されていない。ジラバ・ユンタ・節歌などの、日常生活の諸場面で謡われる歌謡の中でもこの句は使われている。これは八重山・宮古ともにそうである。
 八重山の歌謡「まへらつ」は、一人の孤児の哀切な境遇を物語的に謡う長い歌謡である。悲劇的な孤児の物語を謡う歌の囃子として「ユバ ナウレ」が使われることは、(豊穣の祭儀の歌謡とは)相当な隔たりがある。この事柄は、ジラバ・ユンタ・節歌における「ユバナウレ」を謡う物語歌謡に通底する問題である。

 ユー(穀穂)の豊穣とはなんら関わらない歌内容でありながら「ユバ ナウレ」系の囃子を持つ歌謡を、ジャンルごとに掲げてみよう。大別すると、
A、男女の恋愛や交情、村の娘の活動を謡う
B、村役人の夜伽を謡う
C、孤児の哀切な境遇を謡う
D、村分けの歴史を謡う
E、英雄伝説を謡う

  宮古歌謡の中で庶民が主人公となる物語歌謡を謡う主なジャンルは、アーグとクイチャーである。アーグの中から例を挙げる。
      
       「ユヤナウレ」が歌われる宮古の「豊年のうた」
「米の籾(まいのあら)」
1、まイぬあらヨーイ くみぬあらよ いらビやにゃーん ユヤナウレ
精米の中の籾 ヨーイ 白米の中の籾を 選ぶように 世ハ稔レ
(このあと選んだ恋人とは一夜も逢わずはおられないと続く。以下省略)
 抒情歌としての色彩が濃い歌であるが、その中に「ユヤ ナウレ」という囃子が繰り返し謡われる。歌の内容と「ユナ ナウレ」(穀穂は豊穣であれかし)という囃子には、必然的な結びつきは認められない。
 
 歌謡の内容とは関わりが無い「ユヤ ナウレ」が歌われる例はー
 A、男女の恋愛や交情、村の娘の活動を謡うアーグ、クイチャー
F、英雄伝説を謡うアーグ、クイチャー
八重山の「ユバ ナウレ」を謡う歌謡にみられたB、村役人の夜伽を誘う、C、孤児の哀切な境遇を謡う、D、村分けの歴史を謡う、などに該当する歌謡は無い。
 B、C、Dの内容を謡う歌謡は宮古にもある。にも関わらず、これらの宮古歌謡がこの囃子を持たず、当該の八重山歌謡のみが「ユバ ナウレ」と謡うことは、「ユバ ナウレ」と八重山歌謡の結びつきにより深いものがあったことを想像させる。
 
 八重山、宮古民謡を歌っていると、農耕にかかわる歌謡で「ユバ ナウレ」系統の囃子が出てくるのはとても自然であり、島民の豊穣への願い、平和で豊かな世への願いを強く感じる。しかし、農耕や豊穣祈願の祭儀とは何の関係もない恋愛から英雄伝説まで、日常生活にかかわる物語歌謡でこの囃子が登場すると、いったいどういう意味を持つのかと誰もが戸惑う。
 波照間氏によると、『南島歌謡大成 八重山編』に収録されている物語歌謡の総数505のうち、「ユバ ナウレ」が登場するのは35で1割に満たないというから、決して多くはないことになる。

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