レキオ島唄アッチャー

「『世ば稔れ』考」を読む、その5。本歌詞の中でも

 波照間永吉氏著「『世ば稔れ』考」の紹介の続きである。

本歌詞の中に「ユバ ナウレ/ユヤ ナウレ」
 八重山の歌謡ジャンルに含まれるフミシャギィ(注・祭儀で神酒を神・神役、客人に捧げる時に謡う神酒讃めの歌謡)をみてみると、『南島歌謡大成 Ⅳ 八重山編』に18篇収録されているが、その中の9篇に「ゆや なうる」の文句が歌詞として(注・囃子ではなく)歌われている。

 「みしゃぐぱーしぃ」は「なかざらぬ うみしゃぐ い、はやしばどぅ ゆやなうる」と謡いだす。「大神酒を囃してこそ穀穂は稔るのだ(豊穣は実現するのだ)」と豊穣のシンボルである神酒を勧め、客も飲み干す。この本歌詞の中の「はやしばどぅ ゆやなうる」の文句は「ユバ ナウレ」の実義(注・誠意・まごころ)の込められたものという。 
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          石垣島大浜の「黒石嶽の角皿」。フミシャギィの歌謡のようだ

 宮古のピャーンにも確認される。宮古のあーぐでも「ユヤ ナウレ」が歌詞として謡い込まれている。
 注目されるのは、ニーリ「24 ゆなおーれが(多良間)」では「ユヤ ナウレ」が曲名そのものとなっていることである。これなど、「ユヤ ナウレ」という語が、粟の豊穣祈願と一体となっていることの何よりの証しというべきであろう。
 このように、「ユバ ナウレ/ユヤ ナウレ」は囃子のみでなく、本歌詞の中にもしっかりその姿を見せているのであり、豊穣を願う人々の精神を表現する文句として、宮古・八重山の農耕祭祀の歌謡に普遍的なものとして謡い継がれてきた、と目されるのである。

 ここでは、 「ユバ ナウレ/ユヤ ナウレ」の句が、囃子だけでなく、本歌詞や曲名にまで謡われたことを明らかにしている。本歌詞や曲名にまで謡われることは、豊穣への願いをより直線的に表現しているように思う。
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