レキオ島唄アッチャー

沖永良部島の島唄散策、「子守りの哀れ」のつづき

 沖縄でも沖永良部島でも、自分が住む地域で、少女がよその家の幼子の子守りをする習慣があったことをこれまでもこのブログでも紹介した。大和の子守り歌で歌われているように、親元を離れて遠くに子守り奉公に行かされるという話は、沖縄でこれまで聞かなかった。沖縄の子守り歌を見ても、親元を離れて奉公する寂しさや親を慕う内容の曲は見たことがない。多良間島では、現在でも中学生の女子生徒が同じ地域の子どもの子守を無償で行う習慣が残っていることをブログでも紹介した。
  沖永良部島でも、柏常秋氏著『沖永良部島民俗誌』によれば同様の習慣があったと言われる。しかしながら、ここで紹介した子守りの哀れを内容とする子守り歌があるということは、親元を離れて子守りに出される事例があったのだろう。でなければこのような子守り歌は歌われない。

  『南島歌謡大成 奄美編』の奄美諸島の「子守り歌」の項を見ると、46の歌謡があるけれど、そのうち13が沖永良部島の歌謡だというのは、比率としてとても多い。
 沖永良部島は子守り歌は量的に多いだけでなく、その内容にも特色がある。
 奄美大島や徳之島など他の島は、ほとんどが、泣く子をあやす歌である。
  「♪うちの坊やを 誰が泣かしたのか」(大島笠利町の「ほーれーほー」)とか、「♪泣くなよ坊や お母さんがじき 帰っていらっしゃるよ」(大島名瀬市「なくなよたまくぅがね」)といった具合に。
 それに比べて、沖永良部島の子守り歌は、子どもをあやす歌だけでなく、子守りの哀れや親を恋うる歌など多様である。
                   
  『南島歌謡大成 奄美編』では「ユングトゥ」(わらべ歌)の項にも「子守唄」として6つの歌謡が収録されている。こちらは、泣く子をあやすものだけでなく、子守りとはあまり関係ない歌謡もある。
  「イルジルメラベ」(色白乙女)は、夫に死なれ毎日の食べ物にも苦労する女性を男が口説こうとするが耳を貸さない、そんな情景を歌った歌謡である。子守り達が歌ったそうだ。
  ただ、「ユングトゥ」にも、子守りの哀れをテーマにした歌謡はない。
  親と離れて子守りする哀しみ、親を偲ぶ歌謡は、奄美の他の島では見られない。沖永良部島にしかないのはなぜだろうか。とても不思議だ。今のところ残念ながら、その謎を解く答えを持ち合わせていない。どなたかご存知の方がいれば教えていただきたい。



   
 
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