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与那国島・ふさわしくない者が役人に就く

 役人にふさわしくない者が役に就く
 与那国島は遠海の地にあったため、赴任する役人も、その任にふさわしくないような者が役に就くという問題も起きていたという。
 首里王府からの布達書と八重山蔵元からの報告・問合せなどからなる『御手形写(オテガタウツシ)抜書』(1771~1830年)を見ると、次のような記述がある。
 「与那国島は、難海を隔て諸事の監督指導も思うように行き届かず、だんだん衰微してきて、役人や筆者が精を出して指導しなくてはならないところでありますが、与那国島詰めの役人は前役次第で順繰りに交代することを定められていて、役人としてふさわしくない者が順番に当って役に就きがちなので、その時期になれば人柄を考慮し、任命のための上申書を差し出すべきだと存じます。」
与那国島は、「順繰り交代」のため「役人としてふさわしくない者」が就任していたと嘆いている。これでは、監督指導はいっそう行き届かなくなるだろう。このため、次のような意見を上申した。
 「よって申し上げますのは、ご都合の程もどうかと思いますが、石垣島・離島の村々の担当役人は旅役や地域のご奉公を勤めて役の昇進が良くなり、与那国島の詰役人はすべて高齢で、詰めるのにはふさわしくない者が回り合いで担当になり、勲功もなく詰めており、きわめて哀れなので、遠海の勤めを格別にお思いなされて、何とぞ交代の役人は上国二度の勲功の処遇を申し付けていただきたく存じます。そのように申し付ければ、回り合いに当たらない者どもも与那国島詰めを願い立て、与那国島の監督指導も良くなるだろうと存じます。この旨上申いたします。以上。」 
                与那国馬

 1819年4月9日に、八重山の頭方、在番方から御物奉行所(王府の財政を執行する役所)へ上申されている。
 与那国島に詰める役人は「高齢」で「勲功」もなく、これではやりがいも生まれない。だから、石垣島などの役人のように「役の昇進が良く」なる「上国(首里王府に上る)二度の勲功の処遇を」申し付けていただきたい。そうすれば、「与那国島詰めを願い立て、与那国島の監督指導も良くなる」とのべている。
 これに対する王府の回答は、「勲功の処遇の件は先に定め難く」、勤務内容が特別良い者は「その程度に応じてご褒美を申し付ける」とのべるにとどまった。
 ここには、与那国島は「役人にふさわしくない者」「高齢」の者が役に就き、監督指導が行き届かないからといっても、遠海の勤めを特別に扱い、勲功の処遇をするというわけにはいかない。王府にとっても悩ましい問題が付きまとったことがうかがえる。
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