レキオ島唄アッチャー

沖永良部島の島唄散策、その2

 柏常秋氏著『沖永良部島民俗誌』の「民謡」の項からの続きである。
 子守唄のメロディーはただ1種あるに過ぎない。
○お前(ウラ)が如何(イキャン)泣チャンテ(泣いたとて) ウラ親ノ聞キユミ 吾(ワヌ)ドウ親ナトテ お前モ守(ム)ユル
  この歌の和訳は次の通り。
  「お前が如何に泣いたとて お前の親が聞くものか 私だからこそ親代わりになり お前をお守りするのだ」(『鹿児島・沖縄のわらべ歌』)ー後は省略ー
  「沖永良部の子守唄」はとっても、私も好きな曲である。ここで、島の子守りの習俗について同書から紹介する。
 大抵14・5歳の少女がこれに当り、明治中期までは給金を要せず、ただ夏冬の着物を貰うだけであった。三度の食事は子供の家で行い、夜は自宅に帰った。大抵子供が一人歩きの出来るまでを奉公期間とした。満期後も絶えず訪ねて来て子供を愛するので、子供も姉の如くに慕い、両者の情誼(ジョウギ)は一生を通じて変わることはなかった。そのために両家の交わりも近親同様に濃まやかであった。
 (注・少女が地域の子どもを無償で子守りをし、守姉と子どもの親密な関係は一生を通して続いたという子守りの習俗は、この島も沖縄と同じであったようだ)

  物搗唄は、穀物を搗精(トウセイ、玄米をついて白くする)する時に用いる労働歌で、イトという名で呼ばれている。昼間に、1年分の味噌の原料たる大麦を搗(ツ)くときに唱和される。歌のリズムによって能率の低下を防ぐ。本来の物搗唄は1篇に過ぎない。
 ○厭(アグ)マシヤモ怠(ダロ)サ(も) 肝ノ思(ミー)ドウヤユル(気のせいである) 吾ガ怠サシリバ(すれば) 吾家(ワヤ)ノ立チユミ(立つものか)
                  
                      沖永良部島民謡「いちきゃ節」

  持成唄は、祝座において、婦人が客に酒を進める時に歌う唄である。座興のはずむ頃合に、身ぶり手ぶりよろしく、この唄を唱えながら、盃の酒を無理に客に進める。いまは廃れてしまった。
 ○カニマサス(こんなにうまい)御酒 吾一人(ワチユリ) 飲マリユミ(飲まれるものではない) サイ(酒)サイサイ サイ持チ来(ク) 飲デ遊バ
(注・この曲は「サイサイ節」として、よく歌われている。YouTubeでも、沖永良部島の民謡で検索すれば、いくつか見ることができる。楽しい歌である)

   ここから後は、私の感想である。
  沖永良部島の固有の民謡が、5曲だといのでは意外に少ないので驚いた。島でいろいろ歌われる民謡はたくさんあるが、それらは沖縄や他の島から伝わった曲ということのようだ。
  では、有名な「永良部百合ぬ花」は、固有の民謡ではないのだろうか。
  この曲は、「スンガー節」が原曲だといわれる。「スンガー節」の原曲は、徳之島の「マクラ節」という説もあるそうだ。音階的にも、「レ、ラ抜き」の沖縄音階ではなく、奄美地方の「ファ、シ抜き」のいわゆる日本固有のヨナ抜き音階(「ドレミソラ」)になっている(「音楽研究所」HPから)
  スンガー節の原曲が徳之島の曲だとすれば、「永良部百合ぬ花」を固有の民謡に入れていないということか。でも、曲名にも島名が入っているし、いまは沖永良部島の民謡として愛されているので、入っていないのは少し寂しい気がする。 
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