レキオ島唄アッチャー

沖永良部島の島唄散策、その4「子守り歌」

 子守りの哀れを歌った曲があった
 沖永良部島の子守り歌についてその内容を詳しく見てみたい。『南島歌謡大成 奄美編』には、沖永良部島の13の子守り歌が収録されている。歌詞を見ると、ちょっと意外な内容であることに気付いたからだ。それは、親と遠く離れて寂しさや子守りの哀れを歌った歌謡がいくつもあることである。いくつか例をあげる。

  「にしにたつくもや」は「北に立つ雲は」の意味で、次の歌意である。
 ♪北に立つ雲は 吾が親の姿 立ち変わり立ち変わりして 見せて下さい
  沖縄も沖永良部島も「北」は「ニシ」を呼ぶ。空に浮かぶ雲に、自分の親の姿を見せて下さいというのは、親と子守りの少女が遠くに離れていることを表している。
  

  「あがとぅどぅーなぬしまに」は「あんなに遠くの島に」の意味で、次の歌意である。
♪あんなに遠くの島に 吾が親ただ一人おき放しにして 夕方になるとその親が見たくて ひたすら面影がたつことだ
  子守りのため遠くの島に置き放しにされた哀しみを歌っている。ここで「島」とはアイランドの島ではなく、地域や集落を表す「シマ」のことである。同じ沖永良部島の中で、遠くの集落に、親元を離れて子守りに出されたのだろうか。夕方になると親を見たくて面影が立つと子どもの寂しい心情が込められている。
              
          大山百合香さんが歌う「永良部の子守唄」

  「いちちごろないに」は「五つになる頃に」の意味で、次の歌意である。
♪五つになる頃に 親に捨てられて 七つの頃になったら 吾が親のことを思い出した
  この曲は、わずか5歳で子守りのために親に捨てられたと嘆いている。これらの子守り歌を見ると、沖永良部島でも子守りのために、早ければ5歳くらいから親元を離れて遠くの地域に行かされることがあったことがうかがわれる。

  このほかに「くゎむりしゃぬあわり」でも、子守りする者の哀れさが歌われる。次の歌意である。
♪子守りする者の哀れさよ 夜昼 物思うばっかりだ 物思いを忘れ得たら 御祝いたしましょう
  これも、やはり親元を離れて子守りに出されているのだろう。子守りしながらも、思うことは、自分の親や生まれ育った土地、友だちのことだろうか。物思うこと自体が寂しく、哀れに思う。そんな心情がうかがわれる。

  『南島歌謡大成 奄美編』は、子守り歌の項の最後に、19番まで歌詞のある「子守り歌」が掲載されている。これは、元資料がさきの12曲とは異なるので、重複しているのかもしれない。実際に、歌詞は先の12曲と同じ内容のものもあるし、重ならない歌詞もある。
 子守りの哀しみを表す歌詞を和訳で紹介する。
♪子守りの哀れさよ 夜も昼も物思いだ 物思いを忘れたら 御祝いしましょう
♪親と子の仲や 深いのを見たら 親の居ない自分は 泣いて仕舞う
♪自分を産んだ親は 産んだ名前だけだ 雲風が邪魔をして 行方がわからない
♪あんなに遠い島に 我親一人置くと 宵になると見たくて 暮されない
♪北の方に立つ雲は 愛する親の姿だ 立ち変わり変わり 見せて下さい
♪野原に出て見たい 百合の花も見たい それより見たいのは 吾親の姿である
   長いのでこの項、続く。
 
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