レキオ島唄アッチャー

初めての沖永良部島、その1

 奄美群島の沖永良部島に初めて1泊2日の旅をした。友達に誘われたから。沖永良部は、奄美の中でも南にある。与論島に次いで、沖縄に近い。琉球王国の支配を受けていたので、文化的にも民俗的にも言葉も沖縄に似ていると聞いている。民謡の「永良部百合ぬ花」が好きでよく歌っているし、一度訪れてみたいと思っていた島だった。
            IMG_7235.jpg                        船から見た三重城
 今回は、毎月ライブに行っている沖縄唯一のGSバンド、SSカンパニーが招かれて沖永良部島に行くのに同行することになった。

 7時間の船旅を楽しみながら
 午前7時、鹿児島行きの6000トン級のカーフェリーで那覇港を出発した。船が出ると、那覇港の奥にある御物城(オモノグスク)を後ろにし、港そばの三重城の側を通過して外洋に出る。王府時代、鹿児島に行く大和旅のさい、三重城から見送ったという。いにしえの旅の風景を思い浮かべた。
 船は本部港、与論島に立ち寄ってから沖永良部島に着く。7時間の長旅だ。東シナ海を航行するが、風が強くて大型船なのに結構揺れる。気分が悪くなる人もいた。
 船内でSSメンバーやライブ仲間の女性たちとゆんたく(おしゃべり)しながらの旅。「修学旅行のような気分ね」の声も。SSの中で最年少のベースのピロちゃんは、幼いガールフレンドが出来たようで、すっかり彼女に付き合わされていた。
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 船は予定した和泊港は波が荒くて入港できず、裏港とされる伊延港に2時半頃入った。入港する港は変更になったが、予約していたレンタカーがちゃんと2台待っていた。島のレンタカーは、普通車1台、軽数台を所有する小規模業者。24時間借りても6000円前後という安さだ。 
 時間があまりないが、夕方まで島めぐりをすることにした。この島も、珊瑚礁でてきた島なので、山はない。川もあまりない。「花と鍾乳洞とダイビングの島」が売りである。見所も海辺が多い。ということは沖縄とあまり変わりがない面もある。
最初に行ったのは「大津勘ビーチロック」。ここは、砂のビーチだけでなく、水際に岩盤が広がる。
 海浜の砂やサンゴ片が石灰質による凝結してできた一種の海浜堆積岩で、厚さ10-20㌢の層が何枚も重なり合って形成されている。日本でも規模が大きい。6000年以内の生成物であり、現在も生成中と考えられる(案内板から)。
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 砂浜に、箸置きに使えるサンゴのかけらがあるのを見つけ、拾い集めた。沖縄本島では、こんなサンゴのかけらを拾える場所はもうないそうだ。
 
 身もすくむ断崖絶壁
 サトウキビ畑が広がる中、車を走らせる。ひょうたん型のこの島で、最西北端に位置し、東シナ海に突き出た田皆(タミナ)岬に着いた。
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 幾千年も黒潮に洗われ、風雨に耐えて年輪を刻んだ珊瑚石灰岩がカルスト地形を形成している。高さ51メートルの断崖絶壁。島内屈指の景勝地で、奄美十景の一つに選ばれている。
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                 SSカンパニーのリーダー、真ちゃん
 断崖が見所なのに、ウロウロしてもなかなか見つからない。諦めて帰ろうとすると、ちょうどSSメンバーがライブハウスの居酒屋「うたしゃ」のオーナー、大山さんとともにやってきた。大山さんが、「こちらです」と案内してくれた。まさしく身震いするような断崖絶壁である。柵などない。足を滑らせたら、命とりだ。沖縄の万座毛に少し似た感じ。突端にある岩にしがみついて、恐る恐る崖下を覗いてみる。眼下で岩場に白い波が砕けていた。
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                  旅のお仲間一行                     
 映画「青幻記 遠い日の母は美しく」のロケ地。成島東一郎監督。沖永良部島を舞台にした一色次郎の小説を映画化したそうだ。
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