レキオ島唄アッチャー

NAHAマラソン、具志堅用高と遭遇

 第30回那覇マラソンが12月7日にあった。明治橋を出発して南部を回るコースなので、わが家の近辺を走る。朝、バイクで買い物に出かけて、所用があって明治橋近くに回ると、ちょうどマラソンのスタート直前だった。ゲストスターターは有名人を招くのが恒例だが、今年は元ボクシングのライトフライ級世界王者で13度防衛に成功した記録を持つ具志堅用高さんだ。スタートの合図は、琉球が東アジアの架け橋となって栄えたことを記した「万国津梁之鐘」。そのそばに具志堅さんが城間市長とともに立っている。ピンク色のブレザー姿。
                  26IMG_7230.jpg

 城間市長の挨拶に続いて、司会者が具志堅さんを紹介し始めると、まだ紹介が終わらないうちに、マイクを取り、「みんな元気で完走できるように」と激励した。司会はその後「具志堅さんは国際ボクシング殿堂入りしました」と紹介を続けるハプニングもあった。
 具志堅さんは、沖縄の興南高校でボクシング高校王者になりプロ入りした。まだ沖縄人への差別も根強いなかで、ウチナー魂を発揮して、前人未到の13回防衛を成し遂げた。最近はテレビのバラエティー番組でも人気者だが、自分の誇らしいチャンピオンのキャリアをひけらかすようなことはまったくない。そんな気さくで誠実な人柄が人気の秘密でもある。
                  IMG_7229.jpg
 午前9時に具志堅さんが鐘をつき、マラソンがスタートした。具志堅さんのいるスターターの台の前で立ち止まり、写メを撮るランナーが多いので、しばし渋滞する有り様だった。カメラを持っていなかったので、写真はRBCテレビ画面から。
                
   
 スタートを見たので帰ろうとすると、大問題が発生した。交通規制が始まってわが家に帰れないのだ!
 マラソンコースは、明治橋を出発して、国道58号線ー国際通りー330号線ー329号線ー507号線と続く。わが家はそのコースの北側にあるが、なんと買い物とマラソンを見たスタート地点は、コースの南側にある。完全に市街地は分断される。先回りをして、コースの南側から北側に回る道路、交差点を探すけれど、もう行く先々は規制されていてコースを横断する橋や交差点も通行止めになっている。那覇に住んで9年を過ぎたが、こんなことは初めてだ。マラソンが終わり交通規制が解除されるまで、まだ相当時間がかかる。
 どの道路を通れば規制を避けて帰れるか、考えた末やっと帰れるコースを思いついた。那覇空港に向かって行き、沿岸部にできている「うみそらトンネル」を通れば、マラソンコースの北側に出れることが分かった。トンネルを通り、若狭に出て、泊から牧志、三原を通り、やっと自宅に帰り着いた。一時間以上、バイクでグルグル回っていたことになる。
 とんだマラソン騒動だった。来年から失敗しないように気をつけなくちゃいけない。
スポンサーサイト

日記 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<八重山開拓、 八〇を超える村が廃村に | ホーム | 琉球王府の八重山開拓史から>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |