レキオ島唄アッチャー

小説化された「つぃんだら節」、減税の願い

 減税と希望者の移住を願い出る
  小説『遙かなるパイパティローマ』の続きである。
  この島(黒島)は人口が増え続けている。将来、島分けは避けて通ることができなくなる。島分けに対して有利な条件を付ける陳情をするのも一つの手かもしれない。条件の一つは、仕明地への希望者を移住させる。移住者への免税などの条件も出された。 
  黒島番所に三村の百姓頭たちが出向き、減税の陳情をした。島の耕地面積は増やせないのに、納税人口だけは増える。日照りが続くと納税に支障を来す。抜本的に解消する手段として黒島の人口を仕明地へ移住させる話が出る。移住にあたっての条件を書状で提出した。
  与人(ユンチュ、村長)は書状を拡げた。「百姓衆が条件を出した事自体は良い事だ。実は先程蔵元から使者が来ておってな、新村造りを真剣に検討するようにと再三の命を受けたところなのだ。これは早速、明日にでも蔵元に出向いて検討してみよう」「予め言っておくが、私はできるだけこの書状の条件に近い形になるよう意見書を添付したいと思う。だが、最終的には首里王府が決める事。そうなれば一度決まった事については一切の異議は認められないから心しておくように」
  八重山から王府へ帰任した在番の伊舎憲迫は首里城で蔡温と会う。伊舎は蔵元からの報告書と百姓からの陳情書を差し出した。陳情書に目を通す蔡温。その問いに答えて伊舎は述べた。
              黒島2
        黒島はハート形

  「新村建設は百姓の強制的移住を伴う故、何らかの口実と百姓にとっても都合の良い条件がなければ実行し難いものでございます。この度は天災による特別な事情あっての百姓の陳情なければこれを受け入れなければならない真っ当な理由がございます。百姓の陳情を一方的に認める事は蔵元や首里にとっては承服でき兼ねるものではありますが、今回は百姓のこの陳情を逆手に取って新村建設を実行に移す絶好の機会でもあります」
  移住の条件とは、移住は希望に拠るものとする、移民は男女を問わず5年間免税とする、農作物が収穫できるまで半年分の食糧を支給する、移民各世帯に鋤牛、馬一頭を支給する、2年で開拓が成功しない者で希望する場合は帰村させる、新村と旧村との自由な往来を認めること。
  それは、蔵元が修正した陳情書であった。蔵元は無修正のままでは首里の機嫌を損なうと判断したのだ。蔡温が口を開いた。
  「確か元禄16年(1703)だったと記憶しているが、黒島からの移民によって鳩間村を建設する際、子連れの百姓を一度、西表古見に上陸させ其処から山道や峠を歩かせたとの記録があるが、そのような事は百姓共に対して余りにも酷ではなかったのか。国を底辺で支えておるのは百姓であるという意識が欠落しておるのではないか。今回以降は移民の移動に際してはそのような事が無いように配慮致せ」
  地元からの陳情の尊重に対し、「元より肥地八重山における仕明地拡張と新村建設による振興・増産計画は私が立てたもの。御主加那志前(ウシュカナシーメー、国王)もうまく説明すれば異存はあるまい。それより、私が気になるのは新村計画はそういう類の口実がある場合のみしか実行できないのかという事だ」と蔡温。
  伊舎は言う。「確かに石垣島や西表島は肥沃な島でございます。しかしながら…現在でも彼の仕明地においてはヤキによる死者が絶えない事情があります。新村造りは出張耕作と違い、ヤキに弱い子供や老人を抱えての移住になる故、百姓も多いにそれを恐れております。蔵元でもそれが最大の悩みの種でございます」
  「多くの人間がその区域に住みつけばヤキは必ず、後退を余儀なくされる。ヤキを恐れていては発展はあり得無い。一体、蔵元はあの肥沃で広大な二つの島を何と心得ておる」との蔡温の言葉に伊舎は平伏した。
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