レキオ島唄アッチャー

「守姉」が生きている多良間島

 前川清がプラッと九州・沖縄を旅するテレビ番組「タビ好キ」は、多良間島を訪れる旅だった。「琉球朝日放送」が日曜日に放送している。以下、写真はその時のテレビ画面から使わせていただいた。
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 そのなかで、赤ちゃんを子守りをする女の子に出会った。「あなたの弟ですか?」と聞くと「違います」という。家族ではない他所のお家の子どもを子守りしているのだった。前川清らもビックリする。
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 近所の子どもを小中学生が子守りをする習慣を「守姉(モリアネ)」と呼ぶ。番組は「多良間島の独自の風習」と解説していた。
 これは、多良間島だけではない。その昔は、沖縄の各地でこういう習慣があった。それについて、わがブログでも「沖縄の子守歌の不思議」で紹介した。
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 ただ、石垣島など離島でも、すでにこの風習はほとんど失われているのではないか、と思っていた。どっこい、多良間島では生きていることを知り、驚いた。
 「幼い時から意識する 島民がみな家族」と紹介されていた。小さな島であり、一つの集落では、みんなが顔見知りである。子どもは家族だけでなく、地域の宝でもある。集落の人々は大きな家族のような結びつきがある。地域のみんなで子どもを育てることが当たり前のようになっているのだ。
  時間になれば、子守りしていた赤ちゃんを親に返す。番組では「保育料は払うんですか」と聞くと「いいえ、そういうのはないです」と答えていた。そういう金銭関係ではない。野暮な質問である。
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 この子守りをしてもらった子と「守姉」の関係は、子どもが成長してからも続くそうだ。
 多良間島の子守りの習慣について、沖縄民謡を研究する杉本信夫氏は、かつて友人の身代わりに多良間島にいる「守姉」を訪ねた体験をもとに、次のように紹介している。
 「多良間では、赤ん坊が生まれて一ヶ月ほどたつと、近所の女の子に『守(むり)姉(あに)』を頼んだ。頼まれた女の子は、よろこんで引き受け、そのあと守姉は、赤ん坊の家で家族同様の待遇を受け、夕飯をご馳走になったり、祭日には贈り物をもらったりするのが常であった。そのかわり、守姉はたんに守りをするだけでなく、家事も手伝い、なによりも守りをする子が立派に成長するまでは、教養もふくめ責任をもつのである。こうして育てた子が女なら、その子の結婚式には、守姉が裁縫箱をもつ最高の栄誉をになった。そして守姉は生涯慕われたのである」(杉本信夫氏『鹿児島沖縄のわらべ歌』から)
 こういう生涯にわたる人間的関係が現在もどのように続いているのかどうかはわからない。だが、「守姉」という習慣が失われていないことにとても感動した。八重山民謡の子守歌の世界を、遠い記憶ではなく、目の前で見た(といってもテレビ映像だが)感じがした。
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