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時代を駆け抜けた宿毛の人間群像、その5

 岩村高俊(1845~1906)
 地方長官。男爵。通称精一郎、英俊の3男として宿毛に生まれる。長兄は通俊、次兄は林有造である。
藩校の文武館で蘭学や砲術を学ぶ。慶応3年(1867)京へ上り陸援隊に入る。郷里を出でて京都に行き、薩摩や長州の尊王派の志士と交わった。その年11月、坂本龍馬と中岡慎太郎が暗殺されたことに高俊は憤慨し復讐を考えた。犯人と噂された紀州和歌山藩の三浦久太郎を大江卓はじめ同志16人と共に、天満屋に襲ったが、警戒が極めて厳重で、傷づけただけに終わった。
 同年12月、高野山での挙兵に参加した。慶応4年正月に討幕軍の編制に当り、彼は東海道先鋒総督・岩介具定の輩下に属して江戸に向かった。その年の4月に監察使軍監を任じられ、信越奥羽各地に転戦した。特に長岡藩総督・河井継之助が固守していた長岡城を陥れた。その功によって禄200石を賜わった。
    岩村高俊
                 岩村高俊
 明治4年(1871)11月、宇都宮権参事、6年には神奈川県権参事となった。明治7年、兄の通俊は佐賀権令を去ると高俊が佐賀権令(今の県知事)に任命された。前参議の江藤新平が政府に反対する佐賀の乱を起した時は、この乱をいち早く平定することが出来た。
 さらに愛媛県令を命じられ、6年にわたり在任した。仕事の一つに、高知県との県境決定がある。藩政時代から土佐と伊予との国境にあいまいな所が多く、たびたび争いがあった。時々両国人の衝突事件が起きて、これが両国の悩みの種であった。
愛媛県令となった高俊は、この問題を解決するため、篠山(ささやま)は全部を愛媛県に、沖の島は全部を高知県に属せしむることにして問題が解決をみた。
 明治13年(1880)には内務卿書記官に、16年には石川県令、23年に愛知県知事等に歴任したが、病を得て一時退職した。快復後25年(1892)に貴族院議員に勅選され、その後28年には再び地方官に返り咲き、福岡県知事、30年(1897)には広島県知事を勤めた晩年は貴族院議員となった。
 39年(1906)1月2日、日本橋区日本橋病院において逝去した。享年62歳。

 酒井融(1840~1920)
 酒井融(とおる)は、拙児ともいい、天保11年(1840)8月22日、宿毛に生れた。父は俊拙である。青年の頃宿毛の家老の御典医・羽田文友について医学を学び、医名を有慶といった。明治元年戊辰の役には、宿毛の機勢隊の軍医として従軍し、北越に転戦して戦功を立てた。
 その後陸軍に入り主計将校となった。明治10年(1877)には、谷干城(高知県出身)が護る熊本城の主計主任として糧秣等を管理していたが、この年西南の役が起り、熊本城は薩軍によって包囲されてしまった。援軍は来らず、囲みは解けず、その上兵糧倉は焼け、兵糧は1日1日と残り少なくなっていった。兵糧の責任者である酒井は苦難にあった。おかゆをすすり、木の実、草の葉、死馬の肉やねずみまでも捕って食べるという状態となった。籠城は五十余日に至ったが、政府軍が薩軍を破り、西南戦争は終わった。
            酒井融
                酒井融
 その後、軍隊を退いて、会計検査官となって会計検査院に勤めた。会計検査院は同郷の小野梓の考えによって開設されたもので、藩閥政治の情実を会計検査によって防ごうとしたものであった。酒井がこの会計検査院に入ったのは、小野梓が大隈重信の下野に従って官を去った後のことである。
 明治16年(1883)の暮、宿毛から若き坂本嘉治馬が訪ねてきた。後の冨山房の社長である。嘉治馬の父は喜八という足軽で、戊辰の役に従軍の後、病に倒れた。当時軍医として共に従軍した酒井は、それを知り、1里近くもある坂本の家まで毎日毎日往診をし、そのおかげで喜八は一命をとりとめる事が出来た。喜八は、酒井を命の恩人だと人に語っていた。幼い時からこの話を聞かされていた嘉治馬は、青雲の志をいだいて無断で家をとび出し、酒井を頼ったのである。
 嘉治馬は酒井の世話で、当町小野梓が開店した東洋館書店へ勤めることになり、小野が病に倒れ死ぬと、小野の志をついで冨山房を起した。坂本にとって酒井は大恩人である。
 官を辞し郷里宿毛に帰っていたが、明治27年(1894)の日清戦役には、谷干城の推せんで第一軍糧餉部長(将官待遇)となった。戦後再び宿毛に帰り余生をおくった。
 大正9年(1920)8月30日没、81歳。


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