レキオ島唄アッチャー

「冠船日記」を読む。取り囲まれた蔡温

 中国に品物を持ち帰れない
 「冠船日記」8月29日付けでは、次の記述がある。
評価 物について、(全品は)買い取ることができないとのことをこれまで申し上げてきたが、(冊封使側は)承諾しなかった。そのため、三司官足役の摩文仁按司、三司官の伊舎堂親方(合計20名いるが省略)…たちが、天使館へ出向いて、河口通事の取り次ぎで拝帖、稟帖、手本(注・書状)を(冊封使へ)差し上げて次のように申し上げた。
  「評価について、これまで(冊封使側が)法司官(三司官)へ通達した趣旨と、また昨28日に河口通事が御使いとなって伝えられた趣旨も国王は拝聞された。これについて、『国の分力(財力)に不相応な評価物であるため、力が及ばないのでお断りせよ。』と(国王は)述べられた。評価物については、(全品を)買い上げることこそが厚遇の意を示すことになるが、当国は小国ゆえ代銀が少なく、甚だしく窮迫しているため買い上げるすべがない。幾重にもお断りする。」
 と申し上げたところ、勅使のお返事は、
 「評価物について、以前の冊封の際にはお取り持ち分(接待費用)で、全品を買い上げた先例がある。先例に準じて随行員たちにも(評価物を)持参させてきたところ、買い上げを断られたことは迷惑である。以前に買い上げてきた先例については、国王はまだ若いためご存知ないものと思われる。法司官や諸官で老年の者は委細を当然承知しているにも関わらず、このようなお断りの仕打ちを受けるとは何とも承服しがたい。わざわざ持ち込んできた品を持ち帰るようにと(随行員たちに)命じることはできないので、どうにか買い取って頂けるよう委細を国王へお伝えされたし。」とのことであった。「この拝帖については、わざわざ国王からもたらされたとのことであるから、取り置くことにする。」と述べられたが、稟帖と手本は差し戻された。
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     首里城で再現された冊封儀式
  冊封使がさかんに先例を持ち出して、買い取りを求めている。そのさい「国王はまだ若いのでご存知ない」と述べているのは、一方的な決めつけではないか。中国側が先例を持ち出す以上、先例について年長の三司官はじめ役人が国王に十分に説明し協議しないはずはないからだ。
 「冠船日記」は、まだ評価物をめぐる8月段階の交渉なので、難航しているといっても序の口である。日記には書かれていないが、もっと大きな騒動にまで発展する。 
               
 「生活が困る」と蔡温を取り囲み騒ぐ
 徐葆光の『中山伝信録』は、貿易のトラブルについてよくわからない。沖縄側には、この時のトラブルの状況を書いた著作がある。琉球の著名な政治家だった蔡温の『自叙伝』だ。琉球王朝時代の政治家で、自叙伝を残したのは、この人ぐらいだ。以下、その中から見てみる。
 八月中旬から評価にとりかかった。唐人(中国人)が持ち込んだ品物の代銀は二〇〇〇貫余ある。琉球が用意した買取代銀は五〇〇貫目しかない。九月初めから値段を折り合わすことが難しくなった。中国側は、いくら琉球が貧乏国だからといって、六〇〇〇や七〇〇〇貫の買い物はできるはずだ。わずか五〇〇貫しかないというのはおかしい。つまるところ中国人を困らせるためにやっているのではないか、と立腹した。
 ある日、(蔡温が)街中を歩いていると、中国人四〇〇~五〇〇人が取り囲んだ。もし、買い取りがうまくいなかないとわれわれの生活が困る。われわれの意見が達せられないといつまでも囲んでいるぞ、と脅した。(蔡温は)明朝から改めて評価を始めることを書面で約束してその場を帰った。しかし、やっぱり一〇〇〇貫目余の品物は持ち帰ることになり、また難しくなった。老若男女のかんざしや家々で持っている銅や錫の器物を集めて、都合一〇〇貫目ほどプラスして買い物を
 した。こうしたトラブルもあり、冠船は年越しして二月一六日、帰国した。半分以上の品物は売れずに持ち帰った。
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            往時をしのぶ古式行列での 冊封使

 なぜ、この時にこれほどの評価トラブルが起きたのか。
 前回の(といっても三六年も前になるが)冊封の時は、冠船の入港のニュースを聞いて、琉球の近隣の鹿児島、トカラ七島などから船が中国物産の買い物に集まってきた。中国から持ち込んだ品物はよく売れたそうだ。この時のことが、福州では語り草になっており、「今度も売れるだろう」とあてこんで、乗組員たちが多量の品物を持ち込んだようだ。
 だが、平和が長く続き、琉球も毎年、福州で貿易し、外国にも中国の商品が豊富に出回るなど、もはや事情は一変していた。だから、中国から冠船が来ても、琉球外から買い物の船はまったくやって来なかったという。まったく当てが外れたわけである(夫馬進編『増訂使琉球録解題及び研究』の岩井茂樹著「徐葆光撰『中山伝信録』解題」)。
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