レキオ島唄アッチャー

国境の島・与那国島も酒の厳しい取り締まり

  与那国島でも酒の厳しい取り締まり
与那国島でも、祝い事などの酒や料理など厳しい取り締まりが布達された。
 「与那国島では種子取りの次の日、右の祝いといって、百姓役目の者が役人・筆者を世持人の家に招いて祝い、馳走も過分に費用をかけているという」
 八重山では、畑に種を蒔き無事に育つことを願う種子取祭(タネドリサイ)や豊年祭などは、いまでも伝統ある祭りとして有名だ。そこには、災害もなく気候に恵まれ、五穀豊穣をもたらしてくれることへの願い、人頭税を納め終わった喜びや次年の豊作、平和で豊かな「弥勒世果報(ミルクユガフウ)」への切なる祈りが込められている。作物の豊凶は百姓にとって死活にかかわる問題であり、神への供えを含めて、酒や馳走も欠かせないものだ。
 にもかかわらず、こうした出費を王府は「無益」や「無駄」な出費としか見ない。
 「担当の役人としてこのようなやり方は不相応なことは勿論、諸取り締まりにも差し障り、ことにどうかと思うので、今後は出費のないよう軽く祝い、役人や筆者がそれに応ずることは必ず止めるべきこと」
 百姓たちの心情を考慮しないまま、過分な出費を避けることばかりを優先する姿勢である。
 子どもの誕生祝いについても、同じようにきわめて冷淡である。
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写真は、与那国島の名産、花酒。60度ある(離島フェア―で)
 「与那国島では子どもが生まれると、嶽入りと称して5斗以上の菓子を作り、酒肴を盛り合わせ、縁者を多数招き嶽へ出かけて立願し、帰宅しても酒肴や吸物、さらに食事なども馳走してもてなす」
子どもの生まれることは、家族にとって大きな喜びであり、次代を担う世代を生み育てることでもある。王府にとっても、離島で農業生産と再生産を続ける上で、不可欠であるはずだ。にもかかわらず、出産祝いも目の敵にしている。
誕生祝いは「以前から禁止してあり、厳しく取り締まりを申し渡すべきこと」と強調している。お祝いそのものを禁止している。
 以上は、『富川親方八重山島規模帳』から紹介した。
ただ、こうした農作業にともなう祭りとか、出産など祝い事は、百姓が日々、農作業に精を出し米や粟を作り、重い人頭税を納め、さらに生きて家族を生み育てていく上では、欠かせない行事である。農奴のような辛い労働の中で、数少ない楽しみであり、喜びである。
 だから、祭や祝いを禁止し、軽くすませるように命じられても、「はいそうですか」と簡単に応じるわけにはいかない。当局の取り締まりの目をくぐってでも、なんとか実施したいと思うのが人間の常である。
そこで、思い起こすのは与那国島で、蔵に貯えていた酒や米など物資を役人が来る前に舟で島外に積み出して隠したという伝承である。その動機は、税金逃れとか贅沢品の摘発を逃れるため隠すというだけではないのではないか。五穀豊穣など農事にかかわる祭や人生の節目の祝い事などは、止めろと言われても中止できない。なんとか続けたい。そのため、必要な物資を一時的に避難させておくということも、重要な動機ではないだろうか。そんな気がする。
 酒造りやまつりなどを取り締まる王府の再三の指導の記述を見るにつけ、庶民は取り締まりの目をくぐって、さまざまなたくましい知恵を発揮して、祭や祝い事など続けてきたのだろうという思いを強くした。
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