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レキオ島唄アッチャー

室内楽コンサートを楽しむ

 首里城公園御内原地区開園記念ミュージアム・クラッシック・コンサートが沖縄県立
博物館・美術館で開かれた。とても素敵なコンサートだった。
 先日のアルテシニア世代ピアノ音楽会に出演されたピアニストの女性が、今度この
コンサートに出ると言って案内していたので出かけた。
 2005年発足以来、ほとんどの方が本業を持ちながら練習を重ね活動する大度室内
楽団から6人が出演した。
 博物館エントランスホールが会場で、到着するとすでに満席で立ち見状態だった。幸い、
知り合いの方が席を譲ってくれた。周囲の雑音や時に子どもの叫び声も聞こえてあまり
よい観賞環境ではないが、室内楽のやわらかな音色に聞き惚れた。
    県立博物館コンサート
 なかでも、事前に知り合いの方が「ショスタコービッチの曲がいい」と勧めてくれていた。「
二つのバイオリンとピアノのための5つの小品」という曲だった。
 プログラム2曲目だった。ショスタコービッチといえば、交響曲や弦楽四重奏などのイメージ
があるが、5つの短い曲はどれもとっても親しみやすく、素敵な曲ばかりで、「これがショスタ
コービッチなの!」という感じだった。幸い、YouTubeにこの曲がアップされていたので紹介する。
       
 沖縄の民謡も「てぃんさぐぬ花」「赤田首里殿内(あかたすんどぅんち)」を演奏した。
「芭蕉布」がプログラムにない、と思っていたら、最後にアンコールで演奏してくれた。
 このほかプーランク、ドビュッシー、ラヴェル、モーツァルトの曲目を演奏。最期に、
バッハの「二つのバイオリンとピアノのための協奏曲」から第2楽章を演奏した。
これも、二つのバイオリンの絡み合いがとても美しい演奏だった。
   
 辺野古埋め立て反対の圧倒的な民意を示した県民投票
 24日投開票が行われた名護市辺野古新基地埋め立ての賛否を問う県民投票は、
投票率が5割を超え、反対が43万余り、72%と圧倒的多数を占め、全癒権者の4分
の一を超えた。4分の1を超えれば、玉城知事は日米両政府に投票結果を通知する
ことになっている。知事は上京して、県民の埋め立てに反対する意志は明確になっ
たとして、この結果を政府に通知し、辺野古埋め立てを中止するように求めることに
なる。
 菅官房長官は、県民投票の結果にかかわらず、埋め立ては進める考えを表明して
いたが、とんでもないことだ。民主主義国家であるならば、沖縄県民の民意を明確に
示した投票結果を真剣に受け止め埋め立てを止めるべきだ。



 

 
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ウチナーンチュ魂の宿る教訓歌。「油断しるな」「新でんさ節」

 「油断しるな」
 次は、「油断しるな」である。比嘉盛勇作詞、登川誠仁作曲である。比嘉さんの詞は教訓歌がかなれある。
           

1、年や馬の走い なす事や多さ 明日(あちゃー)のあんと思て 油断するな
  サー心合わちょてうみはまら 働かな(囃子は以下省略)
 (年をとるという事は、馬が走る如く早いものである。やるべき事は多く、
 明日もあると思って 油断していると取り返しがつかなくなる
 さー 皆で心を合わせ頑張って働こう)
2、春夏の節や 廻て繰い返す 戻て来ぬものや 人の若さ
 (春夏秋冬の季節は繰り返し廻って来るが、人の若さは二度と廻って来ない )
3、男(ゐきが)んで云ゆみ 女(ゐなぐ)んで云ゆみ 銭金ど力 今の世界や
 (男と言わず女と言わず 今の世の中は先ず財力である。お金の力がなければ、
  思った事は何も出来ない)
4、汗流ち互に 働ちゅる内に 日々の暮らしがた 楽になゆさ
 (汗流してお互いが一生懸命に働けば、日常の生活も楽になり、
 楽しく暮らす事が出来る)
5、心持次第に 姿まで変て 年寄らぬごとに 笑て暮らし
 (心にゆとりが出てくると、容姿も変わって明るくなり、年寄ることなく笑って
 暮しなさい) 
 この曲は、最近練習を始めたばかりだ。「月日がたつのは早いもの、明日があると思って油断するな」「人の若さな二度と戻って来ないよ」という黄金言葉(くがにくとぅば)は、年を取るごとに身に染みる。かみしめたい教訓歌である。

 「新でんさ節」
 次も登川誠仁作詞作曲による「新でんさ節」である。
1、沖縄歌三味や 他国知り渡て 昔歌方の 手本あげて
 デンサーデンサースーリデンサー(囃子以下省略)
 (沖縄の歌三線は 県外はもとより遠い外国にまで知れ渡っていて、昔歌を作った
 人達の名声を高めている)
2、互に肝(ちむ)合わち 学でちゃる歌や 歌て世の為に 尽くしみしより
 (互いに心合わせて学んできた歌と三線は 歌い継いで世の為、人のために尽くて下さい)
3、曇て居る心 明々と照らす 歌と三線の 情知らな
 (沈みがちな心を明るくさせる 歌と三線の素晴らしさを知ろう)
4、昔から今(なま)に 歌と三線や 哀れうち忘しる 泉さらめ
 (昔から現在まで歌い継がれてきた歌と三線は どんな苦労も忘れさせてくれる
 泉のようなものだ)
5、歌の道染みば 何事も晴れて 何時も若々と 笑い福い
 (歌と三線を極めれば、何時までも心や年も若々と、笑いが絶えない)
           

 登川さんは、たくさんの民謡を作っているが、意外にも恋愛をテーマにしたほとんどないという。歌と三線の素晴らしさと人の生きるあり方を歌ったり、社会世相を巧みに反映した歌、ユーモアのある歌など多彩である。 この曲もそんな登川ワールドを代表する曲である。「歌と三線を極めれば、何時までも心や年も若々と、笑いが絶えない」という心構えでいきたいものだ。


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前代未聞、一日に二度の家電トラブルに遭遇

 寝る前にいつも聴いていた古いラジカセの音が途切れるようになった。もう寿命だと諦めて、新しいCDラジオを買いに家電量販店に行った。欲しいのは、ワイドFMが聞けて、スマホからの音楽が聞けるBluetooth機能がついているものだ。
 いろいろ聞き比べた結果、決めたのはK社製のCDラジカセ。値段も割安だった。10年余り前にK社のラジカセを買い、数年で不具合が出たので、当初、選択肢には入れていなかった。でも、実際に聴いてみると音質がよい。古い沖縄民謡のカセットテープがまだあるので、カセット付きのこれに決めた。
 早速、持ち帰って電源を入れて、カセットテープを入れてみると、音質的にはよさそうだ。途中で停止し取り出そうとすると、「止める」を押しても止まらない。一時停止はできるが、止めて取り出せない。再生されたままで、どうにも止まらない。テープの最後まで流せば取り出せるかと思って、最後まで進んだけれど、取り出せない。説明書を読むと、取り出せなくなったら、無理に取り出すのではなく、修理店に出せと書いてある。

 こじ開けると壊れるので、まずは製造・販売メーカーの相談窓口に電話した。応対した人も対処策はない。「初期不良かも知れないので買った店に持って行ってください」との返事。すぐに量販店に持ち込んだ。
  「テープが入ったままで取り出せない」と言うと、応対した店員が「止める」ボタンを押した。するとなんと取り出し口が開いたではないか。「アレ? 家で何回やっても取り出せなかったんですよ」と一瞬困惑した。店員が「もう一度再生してみましょう。使ってたテープの面はこちらですね」と言ってテープを入れ直して再生。すぐに停止しようとすると、今度は停止できない。取り出せない状態が再現した。「やっぱり駄目ですね。初期不良のようです」と認めた。同じメーカーで取り替えができる。「でも、K社製は不安があるので、別メーカーにします」と答えて、選んだのがK社製より5000円ほど高いT社製のCDラジオ。大手電機メーカーなので、まだ安心感がある。
                  
CDラジオ
 早速、帰ってまた自宅で設置してまずはCDを聴いてみようとセットした。ところが「読み込み中」との表示が出たけれども再生できない。「ディスクエラー」と表示された。別のCDプレイヤーでは問題なく再生できたCDだ。なにかの間違いか、と思って別のCDをセットしたがまた「ディスクエラー」の表示。都合5枚ほどCDを入れたが悉く「エラー」表示で、まったく読み込まない。
 すぐにメーカーのT社に電話すると「では一度コンセントをぬいて電源を切ってみてください。CD読み込みのレンズ部分を綿棒で3、4回拭いてみてください」という。電話をかけたまま言われるままにやってみたが、なにも変わらない。「全然、読み込まないですよ」と言うと「では販売店に持っていってください。初期不良かも知れません」とまたもや「初期不良!!」

 「なんということか、初めに買ったラジカセがトラブルで買い替えたばかりのCDラジオまでトラブルなんて、こんなばかげた話があるだろうか。ありえない!」。そんな思いが頭を駆け巡る。いくら中国で製造していると言っても、日本のメーカー製品として販売しているのだから、日本メーカーの責任である。
 長らく使っていて不具合が起きるのならわかる。買ってすぐ視聴しようとした矢先にこの「初期不良」というトラブルが、一度ならず二度まで続くとは。製品出荷の前の検査がまったく機能していないことを意味する。厚労省の統計不正のように、出荷前に全品検査ではなく、抽出検査に簡略化しているのか。

 自動車メーカーで、検査の手抜きが相次いで発覚したばかりだ。電機メーカーも「欠陥製品を見つけられない検査手抜き」なのか、それ以上に電機メーカー自体が「劣化」しているか。不信は募るばかりだ。

 翌日、量販店に持ち込んだ。店員が何回CDを入れても「エラー」が表示されるだけ。またもや取り替えとなったが、今度はS社製のCDラジオにしようかと考えたが、音質、パワーがT社製に及ばない。それに店頭価格はT社製より1000円ほど安いのに、4000円ほど追加支払いをしないと取り替えできないという。それなら、T社の同じCDラジオを取り寄せしてもらい取り替える方がいいと判断した。取り寄せできるまで2週間ほどかかるというので、それまでの間、欠陥CDラジオを借りることにした。もともとCDを聴く時は、音質のよいコンポがあるのでCDラジオはもっぱら、ラジオを聴くのと、スマホの音楽を流すのに使うためだったので不自由はない。
 それにしても、1日の数時間の間に、二つのメーカーの新品製品が初期不良でまったく使い物にならないなんて、怒りを通り越して呆れてしまう。前代未聞の珍事だ。量販店の店員も「10年余り勤めていますが、こんなことはありません」と驚いていた。
 いまはただ、取り替えしてもらうCDラジオが三度目欠陥製品でないことを願うばかりだ。







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鮮やか、与儀公園のカンヒザクラ

那覇市の与儀公園でカンヒザクラが咲いているので花見に行った。3日前に行ったのでいまは七、八分咲きくらいだろうか。     

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 与儀公園は、川べりが桜並木になっているのでなんか風情がある。         

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 桜をバックに写真を撮っている観光客の集団がいた。中国語らしい言葉が飛び交っている。観光地でもないと思うけれど、珍しいのだろうか。

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 メジロが何羽も集まって蜜を吸っているが、スマホで写真を撮ろうとすると、照準が定まる前に飛び去ってしまい、なかなか撮れない。この面では、デジカメの方が撮りやすい。

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  与儀公園と言えば、県立図書館があったが、昨年12月に泉崎のバスターミナル再開発ビルに移転してしまい、いまは図書館の建物だけが残っている。図書館と公園がマッチしてとてもよかったのに、残念である。

 


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巨人・横浜の練習試合を見た

 プロ野球キャンプ真っ盛りの沖縄。読売ジャイアンツが那覇キャンプに来て国内チームとの初の練習試合があった。相手は横浜ベイスターズ。日曜日とあって、内野スタンドは観客で埋まっていた。
 お目当ての一つは、沖縄出身の選手の活躍だ。横浜は、神里選手がトップバッターで先発しヒットも打った。俊足好打の選手だからレギュラーに定着し活躍してほしい。嶺井捕手も途中からマスクをかぶった。試合は3対1で横浜が勝利した。
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 7回までしか見なかったが、飯塚、今永、京山とリレーし、巨人を抑えた。というより、7回までヒット2本しか打てなかった巨人の打撃陣がちょっと心配だった。それに横浜で2安打1打点の活躍をしたのは、巨人を戦力外になって横浜にきた中井選手だった。中井の名前を横浜側で見た時、「あれ、この選手前にいたのかなあ。たしか巨人には中井という選手いたけどなあ」と思って見ていたら、やっぱり巨人から移っていた中井だという。横浜ではもっと出番もあるだろう。頑張ってほしい。
 巨人では、大城捕手が先発した。一番の期待は、広島から移籍してきた丸選手だ。前日は3安打と当たっていたので注目した。でも今日は、当りなしだった。他チームで活躍しても巨人に来るとあまり打てない選手が多い。丸選手はいまやセリーグを代表する選手だから、活躍を期待したい。
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 原監督が復帰した今年の巨人へのファンの期待は大きい。球場に入る階段には、原監督を始め選手の姿があった。
 選手名鑑を眺めていると、コーチ陣の中に、元横浜の金城龍彦や元巨人の木佐貫など意外な顔ぶれがあった。懐かしい。
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シニアピアノ音楽会で「平和の琉歌」を歌う

 アルテ・シニア世代のピアノ音楽会Vol.12が15日夜開かれた。今回も、新聞に掲載されたお知らせを見て、わざわざ名護市からこられた方もいて、満席となる盛況だった。
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 私は、ツレのピアノとのコラボで、歌三線で「平和の琉歌」を歌った。桑田佳祐版に、知名定男の歌詞を追加したネーネーズ版で歌った。桑田の歌は、沖縄の歴史と現状を桑田らしい感性でとらえたスゴイ歌詞だが、あくまでも大和からの視点になっている。「蒼いお月様が泣いております」と歌っているが、知名定男は、「お月様の前で泣かないでください、やがて笑える時が来るでしょう」とウチナーンチュ(沖縄人)の目線での歌詞になっている。
         シニアピアノ音楽会 (2019-02-15) (2)
 ツレはショパンの「ロマンス」「ワルツ7番嬰ハ短調」の2曲を演奏した。肩の痛みを抱えながらの本番だったが、とくに「ロマンス」は味わいのある演奏だった。
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 ピアノ音楽会は3年を迎え、今回も新しい演奏者が3人増えて、充実した演奏会になっているのは嬉しいことだ。 
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ウチナーンチュ魂が宿る教訓歌。家庭和合

「家庭和合」
 宮古島には、もう一つよく知られた教訓歌がある。「家庭和合(きないわごう)」である。宮古民謡の唄者、平良俊夫さんの歌うこの曲を聴いて、とっても味わいがありいい曲だと思った。歌ってみるととても難しい。「家庭和合」は、古い歌ではない。1960年代に宮古島で漲水民謡クラブを結成して活動した棚原玄正氏が作詞作曲した曲だというから、民謡としては新しい曲である。
 作詞・作曲は棚原玄正。

1、夜(ゆ)や明きどぅさまず親(うや)よ 起(う)きさまち我(ばん)が親
 朝の茶花 浮きて眠覚(みすうり)さまち 我が母(あんな) 
 今日(きう)の一日(ぴぃとうざ)や 朝の茶から
 (夜が明けて朝ですよお父さん 起きて下さいお父さん 朝のおいしいお茶も
 出来上がりました お目覚めくださいお母さん 今日おいしいお茶も
 お召しになってよいことがあるように)
2、肝(きむ)美(か)ぎさ我が嫁(ゆみ)よ 香(かば)す茶や嫁の肝 
 家庭の栄いや嫁ど とぅゆましみしる我が嫁 親の孝行や貴女(うわ)がむてぃさい
 (心やさしい私の嫁よ 香り豊かなお茶は嫁の真心よ 家庭の円満は貴女の力で
 手本を示しましょう 私の嫁よ 親孝行することは貴女の未来の為よ)
3、夜明前(あきしゃる)ぬ目覚り(みすうり)頃(ばな)よ 朝(すとぅむてぃ)ぬ
 目覚り美(か)ぎさ 幸(ゆか)ず家庭や和合ど 笑(あま)いどぅ笑(ばら)いどぅ
 我達(ばんた)や楽(ゆから)でぃ 貴男(うわ)と我とぅや 肝の底(すうく)がみ
 (明け方の目覚める時よ 起きるのがとても気持ちが良いよ 幸せな家庭は
  和合の中に 笑いで私達は幸せです あなたとわたしの喜びは心の底から)
 (歌詞・訳:国吉源次流 工工四より)
         
 ここで、「朝(すとぅむてぃ)」と出てくる。八重山や宮古民謡ではよく出てくる言葉だ。方言に詳しい石垣繁先生に聞くと「これは、日本の古語の『つとめて』からきています」とのこと。「つとめて」=「夙めて」は朝一般というより、「朝早く」「早朝」のことを意味する。
 家庭の円満をお嫁さんの力に求めるところは、古い家庭観として少し気になる。だが、朝の一杯のお茶を入れ、今日も良いことがあるように願い、幸せはみんなが笑って暮らせる和合の中にあるという歌詞には、いまも変わらない大切なものがあるように思う。


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アルテで「宮良橋節」を歌う

 毎月恒例のアルテ・ミュージック・ファクトリーが9日夜開かれた。今月のテーマは、「男」。エントリーした20組に加え、ベテラン2人の飛び入り演奏があり、充実した演奏会だった。今月も自分に関わりのある事だけを紹介する。
  三線仲間のTさんは、「世宝節(ゆたからぶし)」を歌った。いつもながら味わいのある歌と三線だった。恋歌なのになぜ「世の宝」というのか不思議だったが、人の世の中で最も大切なのは「愛」だからだそうだ。なるほど!
    
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 越智さんは、トランペットで「熱き心に」を演奏し、ツレがピアノでコラボした。
   
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    私は「遊び仲風」と八重山民謡「宮良橋節」を歌った。
 「遊び仲風」は、愛しあった仲だったのに去って行った男への恨み節である。民謡では男のことを「里」と呼ぶ。「里よ~」と繰り返す。
  
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 「宮良橋節」は、琉球王府時代に石垣島宮良で橋が台風や大津波で流され困っていたが、石垣に「島流し」された仲尾次政隆が私財を投じて橋を再建し、喜んだ住民が感謝の気持ちを歌ったのがこの歌である。
「仲尾次主のお蔭で宝の橋ができた。橋の上を通る人はみんあ笑顔である。橋がいつまでも永らえるように」という趣旨の歌詞である。仲尾次政隆については、すでにこのブログで書いているので興味があれば読んでほしい。
   ツレは、ショパンの「ワルツ7番嬰ハ短調」を弾いた。ツレは左肩の痛みに悩まされていて、練習も十分できないなかでの演奏だったが、難しく長い曲なのに痛みを感じさせない演奏だったのではないか。
   
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 ファクトリーには、イタリアとドイツからの沖縄芸大留学生が毎回のように参加していたが、いよいよ留学期間が終わり、帰ることになるという。イタリアの青年は、ギター独奏で2曲演奏。素晴らしいテクニックを披露し、アンコールに応えてもう1曲演奏した。アルテのこの場がとても楽しく、よい思い出になったようだ。
  
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 ドイツからきた女性は陶芸を学んでいるが、「三線を弾いてみたい」との要望があり、アルテ赤田の「三線の日」に2回参加し、Tさんが三線を持たせて手ほどきをした。まだ十分に弾くまでには至らないが、きっと良い体験になったことだろう。
  ファクトリーは国際交流の場にもなっている。

 今月は、ギター弾き語りや歌三線、ピアノソロに加え、バイオリンやウクレレ、ボイスパーカッションもあり、楽しいひと時だった。 
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ウチナーンチュ魂の宿る教訓歌。なりやまあやぐ

 「なりやまあやぐ」
 次は、宮古島を代表する教訓歌「なりやまあやぐ」である。
1、サーなりやまや なりてぃぬ なりやま すみやまや すぅみてぃぬすみやま
 イラユマーン サーヤーヌ すぅみてぃぬすぅみやま
2、サーなりやま 参(んみゃ)いすてぃ なりぶりさまずな主(しゅ) 
 すみやま参(んみゃ)いすてぃ すみぶりさまずなしゅ
3、サー馬も乗らば 手綱ゆゆるすな主(しゅう) 女童(みやらび)屋行き心ゆるすな主
4、サー馬ぬ美(かぎ)さや 白さど美さ 女童美さや 色ど美さ
5、サーぶり押(ゆ)し波や 笑(あま)いど押しず ばんぶなりや 笑いど迎(んか)い
            
 この曲の歌意については、人によって様々な解釈がある。この項は仲宗根幸市編著『琉球列島島うた紀行 八重山諸島宮古諸島』から紹介する。
1、なり山は馴れ山です。すみ山は染めての染め山。染めての染め山。
2、なり山にいらっしゃって、慣れ過ぎないように主よ。染まり過ぎないように。
3、馬に乗ったら手綱をゆるめてはなりませんよ、主よ。女性の家へ行って
 心をゆるしてはいけませんよ、主よ。
4、馬の美しいのは白い馬です。娘の美しいのは色ぞ美しい。
5、群れ寄せる波は、あたかも笑って押し寄せているようだ。私の妻も笑って迎える。
 
 「なりやまあやぐ」は、宮古民謡を代表する教訓歌。沖縄本島の「てぃんさぐぬ花」、石垣島の「デンサー節」と並んで、沖縄地方の三大教訓歌ともいわれている。
 ところが、宮古民謡の唄者で民謡に詳しい砂川国夫さんのブログ「砂川国夫の宮古民謡解説集」によれば、細かく訳していくと「なりやまあやぐは教訓歌ではない」という。
 砂川氏は、もともとこの曲が、昔から歌い継がれてきた「なりやま節」を元に、平良下里出身の古堅宗雄が作詞作曲し、昭和30年代に発表された比較的新しい宮古民謡だとしている。
 <「なりやま節」があまりにも卑猥で露骨な性的描写をしている歌詞で、尚且つカニスマ(アカペラ)で歌われるため、なりやま節の歌詞と節回しで三線の伴奏をつけるのは困難だという古堅宗雄の判断でなりやま節の歌詞を引用しながら自身の体験を元に作詞、作曲したのが現代にうたわれている「なりやまあやぐ」である。>
「なりやまあやぐでは本妻がいる男が愛人の所に出かけていく様を本妻の立場から歌われ、妻のその心情が歌われています」と砂川国夫氏は言う。

 『声楽譜付宮古民謡工工四』を著した砂川功氏は、歌意を次のように解説している。
 <私達夫婦は長い間慣れ親しんだなかです。行きなれた山でも油断すると大変登りにくくなります。いつも飼い慣らしている馬でさえ、ちょっと手綱を緩めるとあばれる場合があります。いつも慣れ親しんでいる料亭の娘でも可愛いからといって心を緩めると、今までの苦労が仇になります。料亭でも可愛い娘さんと楽しむのもいいですが、あなたは、年も若くないしほどほどにしてください。あの波打ち際に押し寄せる波をごらんください。私達に笑っているように押し寄せてくるではないですか。私もあなたが可愛い娘さんと遊んできてもあの波のように笑って迎えますから、どうぞほどほどに楽しんで遊んでいらっしゃい。(『声楽譜付宮古民謡工工四』)>
 この解説を見る前は、いろんな人の解釈を読んでも、なとなく分かり難く、1番から5番までの歌詞のつながりもない感じがしていた。でも砂川氏の解説によれば、難解な歌詞の全体が一つの物語のようにつながってきて、理解がしやすいと思う。

 「なりやまあやぐ」の由来については、仲宗根幸市も『琉球列島島うた紀行 八重山諸島宮古諸島』で次のようにのべている。
 <「なりやまあやぐ」の発祥地は城辺町の砂川、友利方面だと伝えられている。…
 1966年、宮古民謡の歌い手で研究家の古堅宗雄(略)、友利明令(略)、平良彦一(略)の各氏らが城辺町字友利の友利実光氏を訪ね、「なりやまあやぐ」の元歌(注・なりやあアーグ)を採録した。そして、詩曲とも改作して世に出したのが現在愛唱されている「なりやまあやぐ」である。そのとき、友利実光氏への仲介の労をとった方が当時城辺町役場に勤めていた島田文雄氏であった。…島田文雄、上田長福(注・元歌の伝承者)の両氏は、平良市(現在宮古島市)在住の古堅宗雄氏宅を訪ね、何故元歌を改作したのかその理由を尋ねたところ「元歌は工工四にのせにくく、少し露骨(卑猥)で人前ではうたいにくい」との説明があったという。それに対し、島田氏は沈黙し、上田氏は長く元歌にこだわって新しい歌はうたわなかったというエピソードがある。…上田氏は「いまでは元歌も新しい歌も高く評価し、古堅氏ら先達に感謝しています」と述懐している。>

 「なりやま」とは何?
 「なりやま」とは何か、これもいろんな解釈があるそうだ。
<「なりやま」について、友利明令氏の解釈は「海山」と考え、海山説を提起していたという。しかし、友利実光、島田文雄氏らの伝承では、「なりやま」とは海山のことではなく「ナズブリヤマ」と呼ばれた歌のうまい男性の名前であった。それが伝承過程で、
ナズブリヤマ→ナリビラヤマ→ナリヤマへと変化したというのである。「やま」は海山の山ではなく、歌に秀でた男の名前であった。ところが、その変化した最後の「なりやま」を馴れた山という新しい解釈と意味づけがなされていったのだ。新しい「なりやまあやぐ」はそういう観点に立ってつくられたもの(『琉球列島島うた紀行 八重山諸島宮古諸島』)>

 宮古島の南、城辺字友利には、この曲の発祥の地として歌碑が建てられている。そこの碑文には次のように記されている。
 <なりやまあやぐは宮古を代表する民謡として広く愛唱されている。
 友利では、明治から大正にかけて、佐久本武佐氏、下地亀氏、川満恵長氏らによって、おのおの叙情的歌謡として即興で歌われたと伝えられている。 これが、地域で歌い継がれていた。
 1960(昭和35)年、友利實功氏が宮古で行われた琉球放送ラジオの素人のど自慢大会で「なりやまあやぐ」を初めて電波にのせ、世に広く知られるようになる。
 なりやまあやぐ発祥の地が友利であることを、未来永劫、後世に語り継ぐため、ここに歌碑を建立する。  2005年9月    なりやまあやぐ歌碑建立委員会>
 
 少し横道にそれたが、この曲について、いろいろな解釈、意見があるにしても、宮古島だけでなく沖縄全体で広く歌われ、愛されている。いまや宮古島だけでなく、名護市でも「なりやまあやぐ大会」が開かれるようになった。県民愛唱歌の一つであることは確かである。



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ウチナーンチュ魂の宿る教訓歌。バチクヮイ節

「バチクヮイ節」
 次は、社会の中での人の生き方を諭した「バチクヮイ節」を紹介する。
作詞 比嘉盛勇
1、人勝い足りて 人の上に立てば 心から人に 頭(かしら)下げり
 サーサバチクヮイヤサ(囃子は以下省略)
 (人よりも勝って人の上に立つ人、指導者になれば おごることなくいつも
 低姿勢でいなさい。さーさ 良い事に会う)
2、理屈ゆい外に 義理(じり)の道あむぬ 無理するな言葉 情けかけれ
 (理屈もそうであるが 物事には正しい道筋がある 屁理屈を言って
 無理をするものではない 言葉使いにも思いやりが大事である)
3、欲心持つな 偽りもするな 向かて居る人や 鏡(かがん)と思り
 (欲張り心を持つな 誤った事もするな 互いに向き合って話しをする人は
 みんな自分と思え)
4、陰口や人に 毒盛いる心 思事や直(し)ぐに 向かて話し
 (人の悪口を言う人は 人に毒を与えるようなもの 思っている事は
 素直に話しなさい)
5、雨風も止まり 雲ん吹ち流ち 又と拝まりる 太陽(てぃーだ)の光
 (雨や吹く風も止まれ 雲も吹き流して 日に光を拝みたいものだ)
6、互(たげ)に打ち笑て 話花咲かち 命(ぬち)ぬびぬびと 浮世渡り
 (互いに打ち解けて楽しく語り合い のんびりとこの世を渡って行きたい)
            
 「バチクァイ」とは「でかした、よくやった」という意味で使われる。「この曲は歌詞がとてもいいね」という声をよく聞く。
 ただ、「バチクァイ」の意味にあう歌詞は5番、6番であり、1番から4番までは、教訓歌である。「人の上に立ってもおごるな」「言葉使いにも思いやりを」「欲張り心を持つな」「陰口を言うな」など、時代を超えて通用する教えが歌われている。「向かっている人を鏡と思え」とか「陰口をやめ、思っていることは素直に話せ」などは、分かっていてもなかなか実行するのは容易ではない。肝に銘じたい言葉ばかりである。
 不思議なのは、なぜ「バチクァイ」の題名の曲が教訓歌になったのかということだ。滝原康盛氏編集の『沖縄民謡工工四』に掲載されている比嘉盛勇氏のこの曲の歌詞は、5番、6番の歌詞が最初にきているので、「でかした」という題名にあった歌詞で始まる。その後の3―5番は、上記の歌詞の1,3,5番と同じかそれに近い内容の歌詞が並んでいる。ということは、初めから教訓歌としてつくられたことになる。
 人間としてあるべき姿にそって生きることができれば、世間からも「でかした」「よくやった」と評価されることになるので、広く「バチクァイ」に値するということだろうか。この曲を歌ってみると、確かに教訓歌として歌詞と旋律がピッタリ合っている感じがする。



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