レキオ島唄アッチャー

コスモス満開、金武町伊芸の田んぼ

 金武町伊芸の田んぼでコスモスが咲いているというので、見て来た。毎年、景観形成・環境保全のためにコスモスを咲かせているそうだ。
 29日日曜日には、コスモス祭が開かれた。もう満開。近くにいた地元のおじさんは「ちょっと盛りをすぎたかも」と話していた。
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 お花畑は、甘い香りがかすかに漂う。花びらをみると、蜜蜂が飛んできている。
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 コスモスを一人20本摘み取り持ち帰ってよいという。但し、区域が決められている。
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 見ていると、車から「○○さん!」声をかけてきた人がいる。金武町在住の知人だった。「花を摘み取ってよいので、連絡しようかと思ったところだった」という。金武町で知っている人は1人しかいないのに、ばったりと出会うとは、不思議な偶然である。
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 コスモスを見に来る人たちが少しずつ増えてきた。新聞・テレビでも紹介されたからだろう。
 保育園の子どもたちも保育士さんに連れられてやって来た。子どもたちの歓声が響きわたる。
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 一見のどかな光景だが、伊芸地区といえば、米海兵隊のキャンプハンセンがすぐそばまで迫っている。
 道路わきの掲示板には、「演習通報」が掲示されている。
 「実弾射撃」「非実弾射撃」「一般演習」との表示がある。これで1週間分である。毎週このように演習通報がくるのだろう。
 高速道路の伊芸サービスエリアでも、以前にとどろく銃声を聞いた。これまでも、実弾射撃の流れ弾が民家まで飛んできたことがある。そんな基地と隣り合わせの地域でもある。
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  掲示板の近くにノロ殿内の表示が見えた。ノロは、地域の祭祀を司った神女である。ノロ家と拝殿が並んであった。立派である。この地区のノロは、いまは後継ぎがないままになっているらしい。
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 公民館のブログでは、アブシバレー(虫払い)のときは、この殿内で御願をして、浜に出てアブシバレーを行なうことが紹介されていた。伝統ある祭祀が現在も行われているようだ。
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 ノロ殿内を少し南に出たところに、立派なガジュマルの樹木がある。そこには神アサギがある。
 説明板によれば、ガジュマルは、樹齢約300年という。伊芸遺跡の分布地で、古くは拝所があり、神アサギがあったそうだ。
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神を招いて祭祀を行う神アサギは、やはりとても立派である。
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 ガジュマルは巨樹である。地元の人に聞くと、「子どもの頃からあり、樹齢300年といわれている。このガジュマルは、集落中に根を張っているから、土を掘ると根が出てくる」という。集落中に根を張っているとは、驚きである。沖縄の名木百選にも選ばれているそうだ。
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初体験、ライブで歌ってみた

 旧正月の元旦に当る28日(土)夜、首里鳥堀のアートライフカフェで、「古波津さんを取り囲んで」と題するライブがあり、誘われて出演者の側で参加した。
 去る14日のアルテ・ミュージック・ファクトリーで、古波津さんに求められて「悲しい酒」を歌ったのが縁で、このライブでも歌わないかとのお誘いがあった。
 歌謡曲はカラオケで歌う程度なのに、プロ級のギターリストやピアノ奏者と一緒にライブをするなんて、おこがましい。しかもチャージ料を取るような場に出て良いのかとの迷いがあった。ただ、なんでも挑戦だという思いで参加することになった。
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  クラシックギター奏者の古波津さんは、ホテル・アリビラのギターコンクールで1位になり、スペインのコルドバ国際ギターフェスティバルに参加。有名なセゴビアの弟子に師事した経歴を持つ。県内で精力的に活動中の方である。
 ライブでは、古波津さんがベネズエラの作曲家のギター曲など、かなれレアの曲を含めて何曲か弾いた。さすが見事な演奏だった。
 私は、古波津さんのギター伴奏で「知りたくないの」「忘れな草をあなたに」「影を慕いて」の3曲を歌った。選んだ曲は、偶然にもいずれも、三拍子の曲である。きっと歌いやすいのだろう。
 カラオケと違い、ギターの生演奏だと、慣れないので歌い出しのわかりにくさがある。リハの時から、「歌い出しが早くなったりして、迷惑をかけるかもしれないですが」とお詫びをしていた。さすがベテランの古波津さんは「いや、自分のテンポで歌って下さい。ギターはそれに合わせますから」と言ってくれた。
 歌ってみると、やっぱり間合いを十分とらず、歌い出したところがあった。「ごめんなさい」である。 
 リハで張り切りすぎると声がかすれて出なくなる。リハで少しセーブしていたので、本番はなんとか声は出ていたようだ。
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 宇都宮さんは、ジャズピアノで魅了した。ほとんどアドリブによる演奏である。
 宇都宮さんが、三線との合奏をしたいというので、八重山民謡の「月ぬまぴろ-ま節」を歌ってみた。
 1番と2番の間に、ピアノのアドリブによるソロを入れてくれた。リハでやったピアノソロとはまったく別の演奏だったので、2番に入ろうとしても、上手く入れない。もう一度2番の初めからやり直して、なんとか歌い終えた。他の楽器とのコラボというのは、素人にとってはなかなか難しさがあると痛感した。まあこれも経験ということか。
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 その他、ミーシャさんのギター演奏や玉那覇さんのお話など、他の方々の演奏や歌もあり、楽しいライブとなった。
 「第2回目もやりましょう」。それが3人の共通認識である。 
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超盛り上がり、F&Y結成10周年記念ライブ

 フォークユニット「F&Y」の結成10周年記念ライブが糸満市「風は南から」で行われた。2007年に「かぐや姫」大好きのふーみさんと沖縄を代表するギターリスト良明さんが結成したのがF&Y。風南で熱烈なファンに支えられ定期ライブを続け、「奇跡の糸満ライブ」と呼ばれたこともある。
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 残念ながら昨年3月で、ライブハウスは閉店となった。だが、風南は建物自体は「箱貸し」しているので、10周年は何としてもこの風南でやってほしいという糸満を中心としたライブ常連の皆さんの熱い願いで、実現した。
 ライブは、通常より1時間早い午後8時開演。時間前から続々とお客さんが詰めかけて、もう超満員の状態になった。それというのも、ライブ常連の女性たちが、集客に奔走し、チケットは10日ほど前にすでに完売した。当日、飛び入りで入ってくる方もいた。
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 ライブは、二人の好きな「かぐや姫」「NSP」「風」をはじめ、洋楽ナンバーなど演奏。最初から10カ月ぶりの風南でのライブと10周年のお祝いの気持ちが一つになり、熱気で包まれた。
 前半の最期の「アリスメドレー」では、シンガーソングライターの「ゆきひろ」さんも舞台に呼ばれ、大盛り上がりとなった。

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  風南の開店当初から店長を務めた方が、現在は病気をされて車いすでお見えになったが、奇しくもこの日、誕生日だということで、サプライズのhappybirthdayを皆さんでお祝いした。ふーみさんが「乾杯」を歌うと涙する姿も見られた。
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 後半の初めには、F&Y10周年のお祝いのケーキが運ばれてきた。
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 さらに、ワインと泡盛のボトルにお祝いの言葉と、ギター、エレキの絵が容器に彫られた特製のプレゼントやお花などたくさん品々が贈られた。
 「こんな盛大なライブを企画、準備してくれた上にたくさんのプレゼントまでいただくなんて、ほんとうにありがとうございます」と何度も感謝の言葉をのべた。
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 ライブはさらにフォークから人気の昭和歌謡まで歌い上げ、最高潮に。 ツレがリクエストした「異邦人」を歌うだけの為に、パーカッションの楽器をいくつも持ち込んで歌ってくれた。サービス精神が半端でない。
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 良明さんは、風邪気味なのか話すときははガラガラ声なのに、歌いだすと声がよく伸びる。さすがである。
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 会場は11時半には片づけて返さなくてはならないので、惜しまれながらアンコールを熱唱して11時に幕となった。時間があればまだ30分は続きそうな雰囲気だった。
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 それにしても、ライブを企画・準備した糸満を中心とする常連のみなさんの努力はスゴイ。あらゆる繋がりをフル動員して集客し、最後はお客さんがもう会場に入れないところまできていた。お酒や飲み物、おつまみなどの買い出しからケーキ、プレゼントの用意、当日は会場の設営からチケットの受付、オーダーに応えての飲み物、食べ物などの販売まで、すべて常連さんみずからが行った。ツレもそのメンバーの一人であり、会場に正面に取り付けた飾り付の横幕、呼び込み用の立て看板まで自宅で書いて持ち込んだ。幸い、好評で努力が報われたようだ。
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 ミュージシャンとファンとのつながりは、たんなるファンのレベルではとどまらない。人間的な交流・信頼関係まで深く結ばれている。愛するミュージシャンと音楽のためなら、どんな苦労も惜しまない。それがまた喜びでもある。常連の女性たちのパッション、パワーに改めて驚かされた今回のライブだった。
すでに次の風南ライブに向かって動き始めている。恐るべし、糸満いなぐ(女性)パワー!

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10年ぶりのオーディオコンポの復活

 お気に入りのオーディオコンポが、沖縄に移住した直後に故障して聴けなくなった。音楽を聞くのはラジカセで我慢していた。故障する前のオーディオ機器は、アメリカのマランツ社製のアンプとCDプレイヤー。高級アンプ・プレイヤーとして知られていた。スピーカーは、イギリス製のB&Wで、世界の放送局でモニター用に使われているというふれこみだった。
 実際、このオーディオコンポで聞くと、クラッシクからポップス系まで満足のいく音質だった。でも、残念ながら、10年たつかたたないで、アンプもプレイヤーもそろって故障。やむなく、廃棄処分にした。
 年金生活でもあり、もうオーディオにお金をかける余裕もないので、買い替えしないままだった。ただ、スピーカーだけは残した。場所をとるので邪魔になり、リサイクルショップに電話したが、スピーカーだけの買い取りはしないという。捨てようか思ったが、まだ使える上等スピーカーをゴミにするのはやるせない。そのまま持っていた。
 東京時代は、クラッシックを中心に聴くだけだったのが、沖縄では歌三線にはまり、演奏にも励むようになると、民謡を覚えるのに聞くのはラジカセで十分。だからこの間は、ラジカセですませていた。
 
 その頼みのラジカセが2台とも故障した。ボリュームの接触が悪く、音が出なくなったり、古いラジカセはCDが聴けなくなった。それで、買い替えが必要になった。ラジカセを買い替えるのか、それともこの際、もっと音質のよいオーディオ機器にするか、迷った。せっかくだから、この際、ミニコンポにしようと考えた。
 最初は、スピーカーまで揃ったミニコンポを買おうかと思った。でも、もっているスピーカーをなんとか生かしたい。それでスピーカーはついていない、アンプ・CDデッキ単品にするのがよいと決めた。
 家電量販店とネットをあさった。店では幸い自由に聴き比べができた。その結果、音響メーカーのonkyoのミニコンポがいいと決めた。単品でも売られているタイプのアンプがネット最安値でコジマ・ビッグカメラにあることがわかり、直行した。ところがである。店頭にはない。店員に聞くと、直ぐ調べてくれた。その答えは「品切れなので、入るのは3月下旬になります」というではないか。ネットであたってみても「入荷は4月です」。メーカーのネット直販でも「在庫なし」となっている。こんな家電品が品切れとは意外だった。人気があるのだろうか。
 買うと決めたとき、そこまで待つのはきつい。やむなく、別の家電量販店に行くと、ほぼ同器種がより安く売られていて在庫もありこれに決めた。
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 今回、ミニコンポ探しで分かったのは、10年余り前とはオーディオ機器の事情が様変わりしていた事だ。いまや音楽はCDで聴くよりも、ネットでダウンロードして買うのが主流になってきている。しかも、CDより高音質のハイレゾ音源が出回っている。だから、アンプ・プレイヤーのセンターユニット部は、ハイレゾ対応で、SDカード、USBメモリーを使い、再生・録音もできる。さらに、スマホの音源をワイアレスで接続して再生できるbluetooth機能が備わっている。
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 持っていたスピーカーは、剥きだし銅線を端子につなぐタイプだが、このアンプもこれに対応できる。銅線むき出しでつなぐ方が音質がよいらしい。持ってい胴線は、通常、店頭でこのミニコンポに付けられている銅線より、太くてよさそうだ。
 早速、2つのスピーカーにつないで音出しをしてみた。いやはや、予想を上回るほどの音響である。ライブの音源を流してみると、ライブ会場の最前列にいるかのようなド迫力である。
 ツレがスマホで撮っている、自分のピアノ演奏の動画を流してみたが、高音質でバッチリと聴ける。
 スピーカーを10年使っていないので、少し心配して、スピーカーを含めたミニコンポセットで買うことも検討してみたが、買わなくてよかった。おそらく、コンポのセットになっているスピーカよりは、はるかによい音が出ているはずだ。
 これだと10年前に持っていたマランツのアンプ・プレイヤーにも引けを取らない音質である。スピーカーをゴミ出しせずに持っていてよかった。
 
 改めて、買いためていて、この間はほとんど聞かないまま、書棚の奥にしまっていた3~400枚ほどのCDを整理してみた。
 これからは、懐かしさや思い入れのあるCDをボチボチと聴いていこう。



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南山崩れとシヌグ祭り、その2

 南山崩れの落武者
 南山崩れの落武者について、親川光繁著『与勝離島の混血たち』から紹介する。
 <南山崩れの落武者を考えてみたい。南山が大混乱して凡そ30年間随処に戦さがあった。30年間というのは、生まれた子供が30才になる迄の年間であるから、その子供はまるで戦さをしにこの世に生れて来たようなものである。
 現代の国と国との戦争は国という組織で計画され実行されるのであるから敗れてもその責任者だけが処刑される。しかし按司時代の戦さは、個人的、家族的、重臣を含める一族的な戦さであったから勝敗が決しても、勝った側は、戦さには勝ったが、後年、又いつ仇討ちされるか分からないという危機感があって、勝ったその時から、負けた相手側の按司や身内の者、或いは重臣まで処刑しておかなければ安全ではないと考えた。それ故に、演劇舞踊などにも見られるように、血まなこになって追跡していた。
                 浜比嘉島
                     浜比嘉島のアマミチューの墓のある小島
 敗けた側もそれ以上で、それこそ命の問題であるから、名を変え、身分をひたかくしにして、敵の眼の届かない処へ逃げかくれていた。そして当時は特に、君臣の義は非常に重んぜられた時代であったから命がけで主人を守り通した。
 そのようなことで、落武者とは隊伍を組んで逃げたのではなく極秘の◆(衣偏に裏)に数名或いは7-8名となって逃げのびたであろう。勝連村誌にある浜比嘉島のシヌグ祭りは面白い祭りだと思う。>
 
 南山崩れについて次のような云い伝えもあるという。
 <南山王国最後の国王・他魯毎(もしくはその家臣ともいわれる)が宮城島の上根(イークン)グスクに逃亡したという言い伝えがあり、彼を祀った「南山お宮」という祭祀殿がある。尚巴志が北山王国を滅亡したとされる1416年、今帰仁から久志按司の妻子が宮城島に逃れ、後に永住したという(「ウィキペディア」)。>

 三山時代に、戦さで勝った側が、相手側の一族、重臣まで血まなこで探したということはよく聞くことである。ある意味では、戦さの世では常のことなのだろう。
 一方では、このブログで、前に書いた今帰仁の北山王の息子たちが津波古に逃れ、生き延びたばかりか、中国へも渡った伝承に見るように、逆のケースもある。これは、勝者となった人物の人間像によって対応が異なったということなのだろうか。

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神々しい百人御物参

 百人御物参の再現儀式を見る

 琉球王国の時代、首里城で行われた祭祀行事の一つ「百人御物参」(ももそおものまいり)の儀式が1月21日、首里城で再現されので見に行った。。
 琉球には、政治や外交とは別に、御嶽(うたき)や火の神(ひぬかん)を祀ることによって国の安泰を祈る独自の祭祀システムがあった。この行事は、神女たちが首里城及びその周辺の聖域をお参りする行事である。
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 首里城では、王国時代の正月の儀式や冊封儀式、冊封使歓待の「中秋の宴」などの再現儀式は見たことがあるが、今回の儀式は初めてだ。
 首里城に着くと、正殿前の御庭(うなー)には、たくさんの見物客が詰めかけていた。外国人の観光客もたくさんいる。
儀式がすぐに始まった。
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 第1場では、諸官が入場してきた。男性の役人は、親方(うぇーかた)はじめ総勢21人いる。
正殿の「おせんみこちゃ」の火の神を祈願する神女に対し、男性諸官が御庭で焼香した。そして、火の神に向って体を斜めに少し折り曲げる独特の姿勢で遥拝した。
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 第2場に移る。正殿から神女たちが出てくる。独特の祭祀歌謡の「クェーナ」が流れる中を、白帕に純白の装束に身を包んだ神女のみなさんが、ゆっくりと歩み出る。その姿は、なにか神々しさがある。再現と解っていても、往時をほうふつさせる。
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神女の一行は、三平等(みふぃら)の大あむしられと呼ばれる上級神女を先頭に、それを補佐する掟あむ(うっちあむ)・佐事あむ(さじあむ)そのほかである。神女の最高位、聞得大君(きこえおおぎみ)はいない。
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 これから城内の御嶽を巡る。「御籠飯」(うくふぁん)、「御玉貫」(うたますき)と呼ばれ供物をもった神女もいる。容器には、米や泡盛が入っているそうだ。
 第3場では、神女たちが、男性諸官を先頭に御庭を出て、下之御庭にある首里森御嶽(すいむいうたき)の前に進んできた。供物を御嶽の前にお供えする。
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 三平等の大あむしられと見られる3人の神女が、御嶽前に進み出て祈りの言葉「おたかべ」を唱える。
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御嶽では、国王の長寿とその子孫の繁栄、航海安全、国土の安全、五穀の豊穣を祈願していたという。
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 この後、第4場で男子禁制の聖域、京の内に向かう。
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 京の内では4ヶ所の御嶽を巡拝。第5場で京の内から戻った神女を諸官が出迎え、再度首里森御嶽を拝み、行事が終わる。都合で最後まで見られなかった。
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 御嶽や聖域を巡拝する行事は、首里城だけではなく、琉球全土で行われていたという。
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                     神女には、外国人の姿も見られた              

 たくさんの離島から成り立つ小さな琉球王国にとって、こうした祭祀は、王府にとってとても重要な行事だったのだろう。再現儀式を見ると、改めてそんな思いを強くした。


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ライブに初めて出ることに

 「古波津英人氏をトリ囲んで」と題するライブになぜか呼ばれて初めて歌うことになった。
 先日開かれたアルテ・ミュージック・ファクトリーの際、頼まれて古波津さんのギター伴奏で「悲しい酒」を歌ったところ、その席にいた宇都宮さんが「今度、古波津さんのギター、私のピアノで歌いませんか」と声をかけてくれたからだ。そんなガラでもないし、歌の歌唱力もない.
ただカラオケ好きというだけだが、せっかくなので歌わせてもらうことにした。
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メインは、古波津さんのギター演奏。古波津さんは、スペインでセゴビアの弟子、エリオット・フィスクに師事し、県内各地でコンサートを開き、昨年は沖縄県ギターフェスティバル実行委員長もつとめたギター奏者である。
 宇都宮さんは、古波津さんと20年来の友人という。アルテでは、いつも清美さんの伴奏や独奏で素敵なピアノを聞かせてもらっている。バッハからジャズまで幅広いレパートリーをもっている。
 こんなお二人の演奏で歌うなんて、素人の自分には「もったいない」し、恐縮するばかりである。
 今月28日(土)、午後8時半開演。場所は、那覇市首里鳥堀にある「アートライフカフェ(鳥堀)」。チャージは900円(ドリンク別)。
 新しい年で、なにごとも挑戦。挑戦していればいいことがあるかもしれない。そんな気持ちで臨みたい。

 
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南山崩れとシヌグ祭り、その1

 南山崩れとシヌグ祭り

 南城市の津波古の今帰仁から落ち延びた攀安知(ハンアンチ)の子孫のことを紹介したが、うるま市の勝連地域の字誌『勝連村誌』を読んでいたら、こちらには南山崩れで落ち延びてきた伝承がある。同書から紹介する。
 いまは与勝半島と海中道路と橋でつながっている浜比嘉島には、とっても興味深い祭りがあるという。

 浜地区のシヌグ堂
 <毎年旧6月28日(8月28日の2回)は、浜比嘉両部落の神職、当役、有志が集り、先ず島に他地方の人が上がっていないかを確めた後、シヌグ堂に参集して、他地方からの渡来者防止の為の時化を祈願する。すると当日は必ず海が荒れるのでこれを「シヌグ荒れ」と称えている。今日でも「シヌグ荒れ」は、必ずあると島の人は語っている。シヌグ堂での行事が終ると、比嘉の関係者は別れて比嘉の諸拝所を巡拝する。拝所の一つの浜崎という所では、ヤブチ島の方向目掛けて弓を射る所作をすることになっている。
 当日は朝から休業して、男子は海岸を警戒し、女子は昼食の外思い思いの御馳走をつくって浜に行き、警戒に当たっている男子と之を共にし、日中は浜で楽しく過ごして、夕方引き上げるのである。
 終戦前までは、当日は上陸した人があっても浜に宿泊させて、部落内即ち民家に入れることは絶対になかった。今日では平日と何等変わることはないようになっている。

 即ち浜比嘉のシヌグ祭りは、当日他地方人の島への渡来を絶無ならしめる為の時化祈願の行事になっている。
 凡そ海に生きる島で、其生業の妨げになる時化を祈願するとは一寸奇異に感ぜられることであるが、島の古老は其由来を次のように語っている。
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                        浜比嘉島の海岸
 昔南山崩れの時の落武者、平良忠臣という士の一味7、8人が、丸木舟で与那原から海岸伝いに屋慶名まで辿りついたが、屋慶名では落武者の安全は期せられないとして、更に浜に渡って今のシヌグ堂に身を隠し、住民に頼んで島の周囲を警戒させて、難を凌いだという故事から始まった。つまり「シヌグ」は「凌ぐ」から来たものだというのである。
 凡そ「シヌグ」は「神遊(シノグ)」があてられて、他の地方では年の豊穣を祈願し感謝する祭りとされているが、浜比嘉のシヌグは其由来にふさわしい行事が行われていて、他地方のそれとは趣の異なるものがあるようだ。>

 「沖縄大百科」によれば、「シヌグ」は、通常次のような祭である。
<旧暦6月の吉日、来訪神信仰の儀礼としては沖縄本島地区の代表的な行事であり、ウンジャミ(海神)祭とならぶ重要な祭祀である。シヌグは兄弟ないし男の祭という意味があり、
男達が中心となる祭である。山の神に農作物の豊作、集落、家族の繁栄をまず祈り、次の海に向かって同様の祈りをささげる。男達は草木を身にまとい、神に扮して村を浄めるために山を下りてくる。>
 同じ「シヌグ」という名前であっても、浜比嘉島はまったく異なる由来と伝統をもつ祭であることがわかる

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アルテで「白鳥小(シルトグァ)」を歌う

 2017年最初のアルテ・ミュージック・ファクトリーが14日夜、開かれた。今月のテーマは「翔」。酉年だから飛翔するのかな。普段より多い20組余りが演奏し、新年にふさわしい楽しい演奏会だった。
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 おもな出演者の写真だけをアップする。南亭こったいの落語は「天狗裁き」だった。
 新年の幕開けとして、私と玉那覇さん、比嘉さんで「かぎやで風節」を演奏した。
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 秀子さんは、夫さんのギター伴奏で「てぃんさくぬ花」を歌った。
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 比嘉さんは、ギター弾き語りで岡林信康の「遠い朝」を歌った。
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 久しぶりのヨッシーさんは、ギター弾き語りで「アミに会えたかも」を演奏した。
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 玉那覇さんは、得意の「世宝節」を歌った。
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 カーペンターズは「揚作田節ー中作田節」を演奏した。
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 私は「白鳥小」を歌った。題と歌詞に鳥が出てくるから選んだ。「船の船尾に白鳥が止まっている いや白鳥ではない、船を守るウナイ神だよ」と歌う。沖縄の、男兄弟を姉妹が守るウナイ神信仰が歌いこまれている。
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 いざ演奏してみると、さんざんな出来だった。

 アルテギターサークルは「アンニ―ローリー」ほかを合奏した。
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 越智さんは、ツレのピアノ伴奏で「翼をください」をトランペットで演奏した。
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 ツレは、ピアノソロで「クーラウのソナチネ」を演奏した。前回失敗したのでリベンジだったが、練習の成果が実ったのではないか。
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 東明さんは、ギターソロで「トロイメライ」など演奏した。
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 宮国さんは、ギター弾き語りで「今日までそして明日から」を歌った。
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 た~か~さんは「翔メドレー」で鳥が登場するお馴染みの曲をメドレーで歌った。
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 ツレはピアノ弾き語りで「銀の龍の背なかに乗って」を歌った。声がよく出ていた。
 徳門さんは、アカペラで「365日の紙飛行機」を歌った。 
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 古波津さんがギターで「悲しい酒」を演奏するので誰か歌ってほしいと言い、私にお鉢が回ってきた。やむなく、歌ってみた。生ギター伴奏で、気持ちよく歌えた。スナップショット 2 (2017-01-15 22-35) (2)

          
 清美さんは、宇都宮さんのピアノ伴奏で「愛は花、君はその種」を歌った。
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 宇都宮さんは、ピアノソロで、バッハの「平均律クラヴィーア曲集第1巻」から演奏した。
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 トリは糸数さんのギターを弾きながらテノール独唱で「愛は不死鳥」を歌った。
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 みなさん、力のこもった演奏と歌が続き、とても充実した時間を過ごせたと思う。
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ロック調がカッコイイ「芭蕉布」

 沖縄民謡の名曲「芭蕉布」をロック調にアレンジした演奏がYouTubeにアップされた。
 沖縄随一のGSバンド、SSカンパニーの結成20周年記念CDに収録されている。動画は、そのCDの音源そまままなので、音質がとても良い。
          
 「芭蕉布」は様々な歌手が歌っているが、このSS版は、前奏から最後の後奏まで、とてもノリがよく、カッコイイ。「芭蕉布」がこんなにもロックアレンジで楽しめるとは意外である。それだけ、この編曲と演奏がよいし、「芭蕉布」が名曲であるということだろう。
  
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