レキオ島唄アッチャー

「花と食のフェスティバル2018」に行ってきた

 今年も「花と食のフェスティバル2018」が奥武山公園セルラースタジアム那覇周辺で開かれたので行って来た。
 いつも一番寒い時期に開かれる。今日は日中少し日差しがあり、あまり寒くなかった。
    写真は寂しそうだが、たくさんお客さんが見えた。
  
                            
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 JAが中心になっているので、まずは野菜、果物の直売がお目当て。レタス、紅じゃが、セロリ、ブロッコリー、ホウレン草を買い求めた。まだこれから会場を見て回るので、野菜を預かってもらった。このサービスがいい。
 写真のようにセロリの株が大きい。これで200円くらい。いま野菜が高い時、沖縄は一番野菜が豊富なシーズンなので格安で買えるので嬉しい。

                          
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 たくさんの出店があり、どこでも試食ができる。インフルエンザ対策のため、マスクしていったが、さすがに食べたい試食品が多いので、ほとんどマスクを外して食べ回った。一番おいしかったのは、南風原町のミニトマト。楕円形のトマトでとても甘く、トマトらしい味わいだ。
   写真は残念ながらない。

                       
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 泡盛酒造所の店では、車なので試飲はできなかった。ただ、スーパーで売っている泡盛が昨年秋から急に一斉に値上がりしたのでその理由を尋ねてみた。なんと酒造所では値上げしていない。酒税法が改正になったわけでもない。大手スーパーは泡盛を安く仕入れて安く売っていたが、酒小売店はそんなに安く仕入れできないので店頭価格で差があり、小売店から悲鳴が上がっていた。自民党がそのアンバランスを是正するようにさせたので、スーパーの泡盛価格が一斉に値上げしたということらしい。小売店の気持ちはよくわかるが、財布にはひびく。
       
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 回っていると、おばあちゃんが椅子に座っている。これは本物ではなくて、伊計島名物の人形の「東江おばあ」。「写真をどうぞ撮ってください」の呼びかけに応えて、ツレも撮った。どうみても血の通ったおばあちゃんに見える。 

 いつも必ず寄るのが、お肉を販売する「まーさん市場」。今回は、手前で女性スタッフが「まーさん市場に{いいね}を押せば200円引きの割引券をあげます」というので、ツレがスマホから「いいね」を押して割引券をいただいた。
 ツレはさっそく、鶏肉の味付けパック3袋GETした。おきなわ和牛の切り落とし(300g)もお安く買えた。
   鮮魚市場のお店では、天ぷらが人気。お魚、もずく、パセリの三種の天ぷらがあり、列ができていた。三種のミックスを買い求めた。
 早速、帰ってから夕食で、炒めた味付け鶏もも肉、天ぷらを美味しくいただいた。

                    
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 食べ物だけしか買っていないが、お花もたくさん出ていた。色彩が鮮やかだ。
 沖縄は、カンヒザクラが那覇市内でも咲き始めた。梅もコスモスも咲いている。寒い時こそ、花だよりのシーズンでもある。 









 






 


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整骨院で腰痛を治す

 昨年からたびたび腰痛が起きるようになった。若い時代は、同僚が腰痛に悩まされていても、まったく無縁の健康体だった。それが、昨年2月、重いものを持ち上げる作業をしたことをきっかけに、腰痛が出るようになった。
 昨年10月くらいからは、たいしたことをしていなくても、1カ月に1回は再発するようになった。知人のKさんが、「知っている整骨院がありますよ」と言ってくれたが、張り薬を腰に張るなどして何日かすれば治るので行かなかった。
 年が明け新年会に出た際、慣れない椅子に座っていただけでまた腰痛になったので、こうれはもうくせになっているので、なんとかしなくてはと思った。
 ネットで見てみると、腰痛がくせになるということはなく、治ったと思ってもまた痛くなるのは、腰が悪くなっているからだと整骨院の方が解説していた。これを見て、もう整骨院に行くしかないと思って、Kさんに知り合いの整骨院のことを聞くと、Kさんがすぐ予約を取ってくれた。

 市内牧志にあるN整骨院に行った。先生は見るなり「背骨がゆがんでいますね。筋肉もこわばっています。でも治療すれば治りますよ」と言ってくれた。
 背骨がゆがんでいると、背骨で重力を分散する力が弱くなり、結果、周辺の筋肉へ負担をかけ、筋肉に疲労がたまり、炎症を起こし、腰痛が発生する。さらに長期化すると、骨や軟骨にまで影響を及ぼし、骨や軟骨の変形が起こし椎間板ヘルニアが発症する(「diamond男の健康」)という。
 整骨院で何回か治療をしてもらうと、ゆがみが直ってきているとのこと。3,4回通ったところで、昨年腰痛の引き金になった草刈り・清掃の作業があったので、また再発しないか少し不安があった。ところが、作業中少し無理な姿勢をとることがあったけれど、まったく腰痛は起こらなかった。やっぱり腰がよくなっているのだと実感した。
 腰痛の原因は、姿勢の悪さからくるそうだ。先生は私が待合室で待っている姿を見ても「やはり姿勢がよくないですね」とおっしゃる。長年の知らず知らずのうちに悪い姿勢がくせになっているのだろう。
 先生が「よくなりましたよ」と判断してくれるまで通うことにしよう。

 腰痛以外にも、寝ている時に足のふくらはぎがつることが多発し、どうしようもない痛さだった。それも治療を始めて以来、起きていない。マッサージなどの効果だろう。
 加えて、整骨院は保険適用となるので、とっても割安な医療費というのも年金暮らしには大助かりである。
 知り合いの整骨院を紹介してくれたKさんに感謝したい。当初は嫌がっていた私に通院を強くすすめてくれツレにも感謝したい。


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連日の誕生祝いに感謝


 1月8日は70何回目かの誕生日だった。今年は、予想もしていないお祝いが続き、感謝感謝である。
 7日は自宅で家族で誕生日祝いの食事をして、ツレから上等財布のプレゼントをいただいた。
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     前日に祝っていただいたのは、8日はアルテ新年会が赤田カフェであったから。
 ところがアルテでもchikaさんの粋なはなからいで、1月生まれの方3人の誕生祝いをしていただいた。
  この日は初めてお会いする方たちも多数参加していたのに、みなさんに祝っていただき望外の喜びである。
  得意のギターやピアノの演奏、それにあわせて歌い、楽しい新年会だった。

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 10日は毎月恒例となっているフォークユニット「F&Y」のななまかいライブがあった。
 新年初ライブで、常連さんをはじめたくさんのお客さんで大盛り上がりだった。

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     こちらでも、F&YとSSカンパニーの常連のみなさんが、サプライズで誕生祝いをしてくれた。ケーキだけでなく、泡盛や大吟醸の日本酒までプレゼントをいただいた。
 この日は私の他にも2人、誕生日の人がいて、F&Yが3人のため「happybirthday」を歌って祝ってくれた。
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  70歳を過ぎても盛大に誕生祝をしてくれるなんて、沖縄の人たちの優しさ、あたたかさに心から感激した。
 ライブで青春時代の歌を私より若い世代の人たちといっしょに楽しむことは、気持ちを若く保つ上でとっても大事なことだと思う。音楽を通じて、たくさんの人たちと出会い、交流し、楽しい時間を共有することは、とても素晴らしいことだ。今年も大いに楽しみたい。


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初春の海輝く知念岬

  初春の海と太陽(ティダ)を眺めようと、ドライブがてら知念岬に行った。
     その途中、久しぶりに仲村渠樋川(なかんだかりひーじゃー)に立ち寄った。有名な湧水である。
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 <仲村渠集落の飲料水、洗濯、野菜洗い、水浴びなどの生活用水として利用された共同水施設。琉球石灰岩の台地から湧き出る湧き水は、現在主に農業用水の水源として活用されている。100年ほど前までは木製の桶を置いただけの簡易な施設でしたが、1912年から翌年にかけて石工の手により琉球石灰岩などを使い造り替えられました。その後沖縄戦で破壊されたため、昭和39年に改修され、平成16年の復元工事により1912年当時のままに復元され、敷地全体の景観も整えられている。男性用の「イキガガー」と女性用の「イナグガー」があり、それぞれに洗い場と水槽があり、また珍しく五右衛門風呂が設置されている(「らしいね南城市」HPから)>
                       
  沖縄の湧水を各地で見たけれど、五右衛門風呂があるのは初めてだった。
 このところ雨がほとんど降らないためか、せっかくの井泉も水がほとんどなかったのは残念。
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 知念岬に向かう途中も、走る車の車窓に青い海が光って見える。
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 知念岬は、斎場御嶽(せーふぁうたき)が近くにあり、南城市でも最も知られる観光ポイント。それだけに、すでに第一駐車場は満車。奥の第二駐車場に行った。
 今年の正月は、近年にない晴天続き。風もほとんどなく、暖かく穏やかである。
 岬からは、左も右もぐるりと300度くらい青い海が見渡せる。しかも浅瀬から少し深いところまで、色彩が変化に富んでいて言葉では表現できないほどの美しさ。
 その海に太陽の光がさして、神々しいほどに輝いている。

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 今年は、元日の初日の出は見れなかったが、正月3日にこの初春のティダと海を見られて、とても幸せな気分になった。
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  岬に立つと、目に飛び込んでくるのはパラグライダー。最初は「オー!」と誰もが驚き、「気持ちよさそうだな」と思うだろう。
 でも、岬から眺める雄大な海と青空、遠くに久高島や与勝半島を眺める太古からの自然をありのままで見たいと思っても、否が応でも視界には四六時中、パラグライダーが飛び回っている。うるさいほどだ。これって、自然の景観を勝手に壊していることになるのではないか、 そんな気がしてきた。
 
 といいながらも、気分は爽快。「いい正月でーびる」。

    


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首里のお寺に初詣

 沖縄の2018年は、とってもよい天候に恵まれて、いい正月デービルである。
 恒例となった初詣は、今年は首里のお寺の十二支の守り本尊は、戌年なのでだるま寺西来院の阿弥陀如来が守り本尊になるというので、出かけた。
 首里赤田町のお寺に向かうと、車がつながっていたが、朝9時過ぎなのですぐに駐車場に入れた。

                  
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    境内に入るとすぐに「開運招福」の文字が目に入る。「達磨の知恵の輪をくぐってください」とあるのでくぐって上がる。


          
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 おみくじをひいてみると「中吉」でまずまずだ。ツレは「大吉」を引き当てた。
 家族の健康と安全、幸多きことを願った。あわせて、昨年の沖縄は「いまだ戦世か」と思わせる米軍の事故が相次いだので、県民の平和と安全、幸せを願わずにはいられなかった。
 
 こちらの寺は、あちらこちらに開運の物がある。こちらの達磨さんはなでなでするといいことがあるらしい。
     
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 それにしてもこの達磨さん。なんか存在感がある。
   寺を回っていくと、開運の石が置いてある。持ち上げられるといいことがあるらしい。一番大きいのを持つとなんとか持ち上げられた。ラッキー! 
               
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 せっかく首里のお寺にきたので、初詣のはしごをしようと思い、近くの万松院 に回ったが、入口の扉が閉まっていた。こちらは午前10時から明けるそうだ。初詣に行ってお寺の入口が閉まっていたのは初めてだった。 
 今年の干支とは関係ないが、臨済宗妙心寺派・安国寺に行ってみた。
 
                
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    昨年は、運転免許証の更新があった。年を重ねると、運転がもっとも気になる。安全運転を心がけるためにも「交通安全」のお守りを買い、車内に付けた。 
   冬とは思えない青空が広がっていた。
                    
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 お寺からとても展望がよい場所にある。那覇の街並みが見渡せた。

   
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 昨年は、年末に風邪をひき、楽しみだった忘年会などすべてキャンセルとなったが、なんとか年を越さないで回復した。
 やはり何をするにしても健康あってこそ。今年は健康第一でいきたい。

 
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ニシキヘビにご対面?離島フェア―2017

 今年も沖縄の離島の特産品を集めた離島フェア―2017が沖縄セルラーパーク那覇で開かれているので、ちょっとのぞいてみた。
 今年初めてお目にかかったのは、三線の胴に張るニシキヘビの皮である。
 「沖縄の三線に張ってある皮は、何の皮ですか」と質問すると、「ハブ!」と答える人が結構多い。県外の観光客だけではなく、ウチナーンチュでもそう思いこんでいる人がいる。
 琉球王府の時代から、三線にはニシキヘビの皮が使われていた。沖縄に生息しているわけがない。琉球は古くから東南アジア、中国と交易をして栄えていたので、皮が手に入ったのだろう。

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  宮古島の三線の店をのぞくと、なんと頭から胴体まるごと展示されているではないか。
「現在は海外で養殖されていて、三線やハンドバッグ、サイフなどに使用されます」と説明されていた。
 若いお店の男性が次のように説明してくれた。
 天然のニシキヘビは、動植物保護のワシントン条約で捕獲が制限されており、使えないので、ベトナムなどで養殖されている物を使っている。
  それに天然のニシキヘビは、キズがあったりすると破れやすいので、三線の皮には養殖の方がいい。
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                          こちらは久高島の特産、イラブー(海蛇)の燻製
   昔は、インドニシキヘビの皮を使っていたが、いまは養殖のビルマニシキヘビの皮を使っている。輸入するのは、通常、頭はついていない胴体だけだが、こちらは展示用として頭のついた皮を注文して取り寄せた。 
 
 ニシキヘビの皮は、三線店に行くとよく置いている。でも、全体を見るのは初めてだった。頭を見ると胴体の割にとても小さい。手を握った拳より小さいくらい。「これは小さい方です。これではネズミくらいしか飲み込めないですよね」と笑う。三線用にはもう少し大きいヘビ皮を使うそうだ。
 ネットでニシキヘビ養殖の情報を見てみると、ニシキヘビは見た目はどう猛だけれど、実際はおとなしいそうだ。ベトナムには蛇皮生産農場があり、一か所で数十匹も飼っているという。
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                      多良間島の黒糖
 それぞれのブースで、試食三昧だったが、今回は車で行ったので、泡盛の試飲ができなかったのが残念。石垣牛切り落としをお安く買い求めた。


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楽しめたパシフィックまつり

 那覇市西町にあるパシフィックホテルが開く「パシフィック祭り」があるので出かけてみた。
  ホテルの地下にあるバー・ハックマンで、沖縄随一のGSバンド、SSカンパニーが毎月ライブを行なっていて、一度行ったことがある。今回、初めてSSカンパニーが祭りのステージに立つことになった。
 
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 会場の広大な駐車場にステージが設けられ、屋台がたくさん出ていて、見渡す限りテーブルとイスが並んでいる。ホテルの祭りといっても、宿泊客が対象というわけではなく、近くの県営団地はじめ近所の住民、那覇市内、宜野湾や沖縄市など遠方から、さらには県外からもふくめてお客さんが詰めかけていた。

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   さっそく、生ビールと料理を買い求めていただいた。まるでビアガーデン。
 祭りは辻旗頭の演舞で始まった。司会は、人気役者の津波信一さん。ステージでは、地域の子どもたちのストリートダンス、3組のミュージシャンのライブに続いて、SSカンパニーがライブを行なった。

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     ベンチャーズナンバーから始まり、久しぶりの「芭蕉布」「秘密の合言葉」「シーサイドバウンド」などGSサウンドを響かせた。なぜか、子どもたちに人気があり、ステージの前に詰めかけた。
 SS応援隊の「糸満カラーズ」メンバーととも踊る男の子がカッコイイ。

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   アンコールでは、オリジナル曲2曲を演奏し、最後の「佐敷幼稚園」では、恒例の汽車ポッポダンスも登場した。
 ライブのあとは抽選会だったが、時間の都合で15位からの当選者が発表されたが、膨大な数の賞品が用意されていた。全部は発表できないので、後日当選者には連絡がいくとのこと。楽しみに待っていよう。

 それにしても、大きなホテルといっても、これだけの規模と内容の祭りを開くのは、膨大な手間と人材、費用がかかる。ホテルの利益のことだけ考えればあまり儲けになるとは思えない。
 ホテルが地域貢献の一つと位置付けて開いているのではないだろうか。他の大きなホテルでこんな規模で地域に開かれた祭りをやっているという話は聞いたことがない。ご立派である。
 来年から楽しみが一つ増えた。






  



 
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「アルテ旧盆の会」を楽しむ

   アルテ赤田カフェで「旧盆の会」が開かれのたので参加した。旧盆は終わったけれど、お疲れさまを兼ねて、食べて、飲んで、音楽をして楽しもうという趣旨である。
   料理は、すべてツレが用意して持ち込んだ。
 台風18号の影響で雨が降り、天気が悪いなかで、初めて参加の方もいて、よくぞお集まりいただいたという感じだった。                                    旧盆お疲れ会 
 この会はいつも玉那覇さんがお話をして下さる。今回のテーマは、旧盆。これまであまり知らなかった旧盆についてのディープな話を聞くことができた。エイサーの由来についても、袋中上人が伝えた念仏踊りのことなど紹介があった。

 それで、私も歌三線でエイサー曲の定番「仲順流れ」と「久高マンジュ主」の2曲を演奏した。「久高マンジュ主」は、玉那覇さんと一緒に演奏し歌った。久高マンジュ主のことをブログで書いたとき、マンジュ主の末裔の方からコメントがあったことを紹介すると、驚ろかれていた。
 

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   ツレは、ピアノの弾き語りで「精霊流し」を歌い、越智さんがトランペット、島袋さんがギターでコラボした。

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  島袋さんは、ギター弾き語りで得意の「月の砂漠」など3曲を歌った。演歌はとても味わいがあった。

 歌三線では、玉那覇さんは「ナークニー」、私は「県道節」を初めて歌ってみた。
 少人数ではあったが、気のおけない方々と、ユンタクしながら演奏しあえて、とても楽しい時間だった。




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今年もやってきた古蔵青年会エイサー

  9月3日から始まった旧盆。4日は「中ぬ日」で、お中元を配るのに親戚回りをする人が多いらしい。
 那覇市古波蔵のわが地域は、古蔵青年会のエイサーがやってくる日である。
  
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  例年は日暮れ前に回ってくるのに、今年は来ないのでどうなったのかなー、と少し心配していた。でも7時過ぎだったかやってきました。太陽は沈んで暗くなっているが、エイサー隊列の前と後からライトが照らし出していた。
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 エイサーの音の響きを聴いて、近くの住民が続々と家族連れで出てきた。
 みんなエイサーが回ってくるのが楽しみだ。
  「かたみ節」「海ヤカラ」はじめお馴染みのエイサー曲にあわせて、勇壮な演舞を繰り広げた。

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  道化役のチョンダラー(京太郎)もいつものように踊り隊の間をぬって動き回る。
 最後の「唐船どーい」が終わると拍手喝さい。「アンコール」の声まで飛び交った。青年会は地域を全部回らなければいけないので、  アンコールに応えている暇はな い。
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 イナグモーイ(女性踊り)の娘さんたちが、募金箱をもって回ると、おばちゃんたちも喜んでカンパを入れていた。 
 古蔵青年会のエイサーは結成19年目だという。今年は、歌三線担当の地謡(じかた)がいなくて、録音を流して踊ったのがちょっと寂しい。でも、旧盆といえば、住民の方々はエイサーが来るのが楽しみだ。続けるのには、いろんな苦労があると思うけれど、これからも青年会は頑張ってほしい。










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「米軍が最も恐れた男、その名は、カメジロー」を観る

占領下の沖縄で圧政と闘った瀬長亀次郎を描いたドキュメンタリー映画「米軍が最も恐れた男、その名は、カメジロー」が桜坂劇場で上映中なので観に行った。
 
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  ヒットしていることは聞いていたが、噂にたがわず、上映30分ほど前に劇場に着いたらもう、長蛇の列が続いていた。沖縄では行列は珍しい。「今日はまだ空いている方ですよ」と劇場側は言っていた。
 かつてTBS「筑紫哲也News23」でキャスターを務めていた佐古忠彦さんが、テレビで放送したドキュメンタリーを追加取材し再編集した映画である。
 瀬長亀次郎は、米軍占領下でどんな弾圧にも屈せず、抵抗の闘いの先頭に立ち、沖縄人民の団結と統一を訴えた不屈の政治家だった。沖縄人民党のリーダーであり、日本復帰後は日本共産党の副委員長、衆院議員として活躍したことはよく知られている。

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 映画はその信念を貫いたカメジローの人生を貴重な映像と当時を知る人たちの証言で描いていて見ごたえがある。カメジローといえば「不屈」の言葉で象徴されるが、次女の内村千尋さんによると、カメジローは「自分が不屈なのではなく、沖縄の人たちが不屈なんだ」と述べていたそうである。
 カメジローの演説は、当時、抑圧された沖縄の人々の気持ちを端的に代弁し、苦難の解決の道筋を示してくれるので、聴衆を熱狂させたという。亀さんの演説には無数の「追っかけ」がいたという。「自分も追っかけて聴きに行ったものだ」という話をよく聞くことがある。
 映画を観に来ている人たちは年配層が多いので、当時足を運んで直接、演説を聞いた人たちもかなれいただろう。
 いまも、日米両政府による理不尽な辺野古新基地建設が強行され、再三、墜落事故を起こしながらも欠陥機オスプレイが沖縄の空を飛び回っている。翁長県知事を先頭とする沖縄県民の闘いは、この戦後のカメジローをはじめとする県民の闘いの延長線上にあることを強く感じさせた。亀次郎の生涯は、現代に生きる人たちに多くの示唆を与えてくれる。 
 映画が終わると、いっせいに拍手が起きた。共感と感動の広がりが示されていた。
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