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レキオ島唄アッチャー

楽しかった在沖高知県民の会新年会

 在沖高知県民の会新年会が17日夜開かれた。今回は、県民の会で出会った2人が
婚約を発表するというサプライズがあり、おめでたい新年会となった。
   昨年2月に初めて県民の会の集りに参加して、今回は2回目。高知生まれではない
妻も初めて参加した。 
 前回は8人の出席だったが、今回は親子が2組あり、東京や高知在住の方もいらっ
しゃり、16人と大幅に増えて賑やかな新年会となった。
        53926468_2160135644099062_5324039145134227456_n.jpg 
 婚約した2人には、花束が贈られてみなさんが心から祝福した。県民の会がご縁で婚
約なんて、同県人として望外の喜である。
 主宰者からの要請で、三線を持参していたので、歌三線でお祝いの「かたみ節」
「オジー自慢のオリオンビール」を歌い、「ニービチ(結婚)サビタンアリ乾杯!」
と婚約を祝った。

  
             2019高知県民の会新年会
 
 高知の県民愛唱歌ともなっている「南国土佐を後にして」も演奏し、みなさんで
歌ってもらった。(上の写真は、参加者のFacebookからお借りした。)
 私が最年長でみなさんまだお若い方が多い。沖縄が大好きな方々だ。
 故郷からは遠いこの南の島で、高知出身者が集り、懐かしい故郷の話ができるのも
県民の会のHさんはじめ中心メンバー方たちの努力のおかげである。感謝。
 
 
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ブログの見苦しさについてのお詫び

 わがブログが2月末くらいから、テンプレートがおかしくなり、文字がブログの
枠内におさまらず、枠からからはみ出すようになった。原因が不明でなおらない。
ところが気まぐれで、正常に戻ったりまたはみ出したりを繰り返している。最近
アップするものは、どちらでも対応できるように、一行の文字数を制限しているの
で、正常の画面で見られている。でも、過去にアップした記事は、しばしば枠から
はみ出して、とても見苦しいことが起きている。過去の記事はあまりにも数が多い
ので、もはやすべてを手直しすることは出来ない。お見苦しいことになるがご容赦
願いたい。
 テンプレートを変更すれば防げるようだが、現在のテンプレートに愛着があり、
まだこのまま使っていきたいので、ご理解ください。

 もう一つ、過去にアップした写真が、いつの間にかアップした写真とは異なる、
まったく無関係の別の写真に入れ替わるという現象が起きている。一つ一つの写真
にしっかりタイトルを入れていれば防げたが、単純な番号でしか表示されていない
写真については、同じ番号の別の写真に入れ替わるという問題が起きていた。それ
も最近、検索していて気が付いた。これは、入れ替わりが判明したものから順次、
元の写真に戻す作業をしているところである。ただし、これもアップした写真がと
ても多いのですべてを点検するのには時間がかかる。こちらも大変見苦しいことに
なっているけれど、どうかご容赦願いたい。
 2019.3.16 レキオ島唄アッチャー管理人















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ウチナーンチュ魂の宿る教訓歌。放蕩口説

「放蕩口説」
 次は「放蕩口説」である。こちらは、「小浜守栄が人生を述懐して作った放蕩口説」
といわれている。守栄氏は戦後、民謡の歌手、創作者として活躍し、嘉手苅林昌と
は名コンビぶりを発揮した。
 作詞 小浜守栄  

1、銭と命(ぬち)や右左 昔語いゆ知りなぎな 人の心の あさましや
 (お金と命とは車の両輪の如く、昔から語り継がれて知ってはいるが、
 人間の心というものは実にあさましいものである)
2、うりほどかなさる 親兄弟(うやちょうでー)に 友人(どぅし)ぬ意見ぬん
 他人事(ゆすぐとぅ)に 花の香りに 浮かされて
 (とても可愛がられた親兄弟、友達の言う事も聞かず、女にうつつを抜かし)
3、親の譲りの財産ぬん 我が儘じままに 使はてて 遊び楽しみ するうちに
 (親譲り財産も、自由勝手に使い果たし、遊び楽しんでいるうちに)
4、老いて六十の坂くれば 顔や頭に雪かみて 涙流ちよて 働らちん
 (年老いて人生の下り坂に来れば、顔にはしわ、頭は白髪になってから
 涙を流して働いても後の祭り)
5、元の姿に戻らりみ 楽しで後のこの苦しや 今ど知ゆる 我が仕様(しざま)
 (もう元の姿に戻れない、遊び楽しんだ後の苦しみは、今になって分かる自分の
 仕業である)
6、やくと世間の産子の達(なしぐゎぬちゃ) 親の寄せ事(ゆしぐとぅ)そむくなよ
 くくりて渡りよ この世間(しけ)や
 (だから世間の子供達よ、親の言い付けには背いてはいけない 世の中を心して
 渡りなさい)
        
 若きとき親兄弟の忠告も聞かず遊び回り、財産も使い果たして後悔する歌詞になっ
ている。ただ、守栄の評伝(大城学著『沖縄新民謡の系譜』)を読むと、「温厚な人柄
で、派手に立ち振る舞うこともせず…正義感が強く人望のあつい人」だった。「民謡
一筋で生計を立ててはどうか、との声もあったが、9人の子ども(二男七女)を育てる
ために、軍作業をやめるわけにはいかなかった。しかも、収入のいい夜勤をしていた。
夜勤あけの日に、昼間の公演があれば一睡もせずに、舞台に立ってこともあ(った)」
という。評伝からはあまり放蕩したイメージは浮かんでこない。それでも、人生を述懐
して戒めの曲をつくったというのは、真面目な人柄だったのだろう。


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ウチナーンチュ魂の宿る教訓歌。意見口説

「意見口説」

 「十番口説」にとてもよく似た曲に「意見口説」がである。ただし奄美の島唄である。
 
 口説(くどぅき) 望(ぬず)むか 読(ゆ)でぃうぇせら 吾んが 口説きや
うむぃ さまし しさい ながらく 読でぃ うぇせら
1、先ずや 一番や 命ありぃ命ぬ ありばどぅ
 何事む 思うてぃ 居ること なてぃいきゅうり
2、二番や 侍(さむ)れぬ 大元(だいむとぅ)や手習い学問を
 良く習うて 親に孝行 めでぃになる
3、三番 百姓ぬ大元や折り節(うりせつ) 物(むん)作り 遅り(うくり)らんごん
 朝夕(あさんゆ)油断さんご 働きよ
4、四番や 家(やぁー)むち かん寄(よ)しゅてぃ 夫(おと)良し 妻(とぅじ)良(ゆ)し 
 和談(わだん)しちゅうてぃ いけんぬ やりくり さんぐとぅに
5、五番や 大世間(うーせけん)ぬ 人見れば 侍(さむれ)も
 百姓(ひゃくしょう)も ぎもいらぬ 誠付きよす 面白さ
6、六番 銭金(じんかね) 集めとぅてぃ 金ぐぁぬありばどぅ 何事(なにぐとぅ)む
  思てぃ居る如 なてぃいきゅり
7、七番や 七十(しちじゅう)ぬ 歳(とぅし)なりば 物事様々 
 思(うむ)ぃ詰めぃて 楽よん好むが 面白さ
8、八番 八十ぬ 歳(とぅし)なりば 八月(はちぐぁつ)八日 とかけて 
 升(よね)ぬ お祝いするばかり
9、九番や 九十(くんじゅ)ぬ 歳なりば くぁまーが ひきまーが
 ひきつれて ひゃくせ おごりゅんが 面白さ
10、十番 じゅうごうぬ だれびとや 昔神が世か 話なし
 居たんか居らんかぬ 話無し
 まずは とぅてんに 意見口説 老いても若さも 聞てぃ 見しょれ
 朝夕 忘らんよう かみしもー
        
 「意見(十番)口説」(「奄美シマウタ研究会」ブログ)とされており、やはり「十番口
説」の別名のようだ。歌詞を見ると、些細な言葉使いの差異はあるが、ほとんど同
じである。奄美と沖縄のどちらの曲が古いのかは分からないが、島づたいに伝わ
ったのだろう。


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アルテで「別れの煙」を歌う

 毎月恒例のアルテ・ミュージック・ファクトリーが9日夜開かれた。今月のテ
ーマは卒業シーズンなので「卒」。エントリーは20組あり、ギター、ピアノ、ウ
クレレ弾き語りから、歌三線、鍵盤ハーモニカ、アカペラ独唱、洋楽替え歌バージ
ョンなど多彩な演奏で盛り上がった。
                 IMG_5904.jpg
 例によって、私たちに関係するものだけをアップする。越智さんはトランペット
で「贈る言葉」を演奏し、ツレがピアノでコラボした。 
     贈る言葉(2019-03-9) (2) 
 
   私は民謡の「別れの煙」を演奏した。沖縄で戦前、戦後すぐの時代には中学、
高校を卒業して本土に進学や就職する子どもが船で旅たつ際、山原など北部の親
は、名護城に登り、松葉を焚いて白い煙をあげて、沖を航行する船を見送ったと
いう。その情景をうたっている。子どもの旅立ちは嬉しくもあり寂しくもある。
そんな心境が描かれている。

      DSC_5258.jpg 
 ツレはピアノ弾き語りでは、いきものがかりの「YELL」、ピアノソロでは、ショ
パンの「ワルツ7番嬰ハ短調」を演奏した。難しい曲だけれど、美しい音色で弾けた
のではないか。
     DSC_5265.jpg
 
 楽しくもあり充実した演奏会だった。来月のテーマは「弾」である。
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ウチナーンチュ魂の宿る教訓歌。十番口説

 次は、口説(くどぅち)と呼ばれる、大和風の七五調の歌詞で歌われる曲の教訓
歌である。
 「琉球王朝時代、日本本土との交流の中で沖縄へ持ち込まれ、いろんな種類の
『〇〇口説』が生れた」(仲宗根幸市編著『琉球列島島うた紀行 八重山諸島宮古
諸島』)。教訓歌としても、「十番口説」「放蕩口説」「孝行口説」などいくつかある。
 まずは、「十番口説」である。

 「十番口説」
 さてもこの世に生まりたる 人間朝夕の仕業もち 委細(いせー)に話さば聞きみ
 しょり(さてもこの世に生まれたら人間朝夕の行いについて、詳しく話すのでお
 聞きください)
1、先じや一番 命あり命のありわる 何事も思てをるぐと 叶わゆる
 (まずは一番大切なのは命であり 命があればこそ何事も 思い通りにかなうもの)
2、二番 士(さむれー)の第一や 手墨(てぃしみ)学問良く習て 
 親に孝行 名代(めでい)しゅし
 (二番 士族の第一は学問良く習い、親に孝行し、宮使えすること)
3、三番 百姓の第一や 節々毛作(むじゅくい)いうくりらぬ 油断さんごと働ちゅし
 (三番 百姓の第一は 季節ごとの農作業を遅れないよう 油断せず働くこと)
4、四番 世間の人びれや 士も百姓も肝(ちむ)選で 誠真実面白や
 (四番 世間付き合いは 士族も平民もよい心がけで誠に生きることが大事)
5、五番 家持ち肝要(かんぬー)しち 夫(うとぅ)ゆし妻(とぅじ)ゆし
 和談しよていひの 口論(えーくえー)も無らぬごと
 (五番 家庭で大事なことは、夫婦が心を合わせて、口争いもしないこと)
6、六番 銭金儲きやい むちのありわど何事も 思てをるごと叶わゆる
 (六番 お金を儲けて、貯えがあればこそ何事も 思い通りかなうのだ)
7、七番 七十の歳なれば 物事さまざま思忘して 楽ゆ好むし面白や
 (七番 七十の歳になると 雑念を忘れ去り 楽々した暮らしが面白いのだ)
8、八番 八十の歳なれば 八月八日米寿の米(とーかちぬゆに)の 御祝もさりるごと
 (八番 八十の歳になると 八月八日米寿のトーカチ祝いもされること)
9、九番 九十の歳なれば 子や孫も引き連れて 百歳願(ひゃくせーにが)ゆし面白や
 (九番 九十の歳になると 子や孫も引き連れて 百歳を願うことも素晴らしい)
10、十番 十分足れゆしや 昔神代(んかしかみゆぬ)の云話(いふぁなし)も あるか
 ねらぬか話ちゃまり(十番 十分補うとすれば 昔神代から伝えられているお話を
 たとえとして話したまでのこと)
11、くひな十てんの意見(いちん)ごと 老いて若さん聞ちみしょり 夕忘るな上下も
 (こんなに大事な十の教訓を 老いても若くてもお聞きなさい。身分の上下関係なく
 朝夕忘れてはいけない)
          
       比嘉光龍さんの歌う「十番口説」
 この曲は別名「命口説(ぬちくどぅち)」と称されるという。「冒頭で『一番命あり』と
うたっていることは尊く、命を粗末にしがちな現代社会に随分示唆を与える内容で
はないだろうか」(仲宗根幸市編著『琉球列島島うた紀行 八重山諸島宮古諸島』)
  この曲はいつ頃から歌われたのだろうか。「一番命あり」と歌われているのを見る
と、わりと近代の観念のような気がした。でもそうではない。
 「十番口説」の歌詞と和訳を掲載した比嘉光龍さんのブログ「*--光龍ぬうちなー
ありくり随筆--*から」では、「歌詞は、1923(大正12)年、沖縄實業時報社発行『沖縄
民謡集下巻』を参考に少し手直ししたもの」とのべている。やはり大正12年より昔の
曲ということになる。
 琉球の人々を士族、百姓と階級区分しており、しかも「士族の第一は学問良く習い、
親に孝行し、宮使え」と言っているところを見ると、琉球王府の時代のように思われる。
とくに士族の第一は「宮仕え」としているところは、廃藩置県の後とは考えられない。
歴史のある民謡のようだ。
 身分差別社会の限界をおさえて理解するなら「家庭、世間、高齢者の身の処し方な
ど人生如何に生きて行くべきか提起され、得るのは多い」と仲宗根幸市氏はのべてい
る(『琉球列島島うた紀行 八重山諸島宮古諸島』)。


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ウチナーンチュ魂の宿る教訓歌。「昔の若さ」

「昔の若さ」
  次は「昔の若さ(むとぅぬわかさ)」である。人気のある曲だが残念なことにまだ
歌ったことがない。作詞 儀保ナビ 作曲 国吉真勇


1、年ん寄いしみて 八、九十んなとい 繰戻(くいむどぅ)ち見ぶさ 昔の若さ
 繰戻ち見ぶさ 昔の若さ(繰り返し部分、以下略)
 (年も寄りせまり八、九十になると もう一度取り戻してみたい昔の若さ)
2、寄る年戻ち 若くならりゆみ 親の楽しみや 嫁の心
 (寄る年はもう戻せない 親の楽しみは嫁の思いやり)
3、又と拝まらん 此の世間(しけ)や宝 子孫うちするて 百歳御願(うにげ)
 (二度と拝めないこの世界は宝だ 子や孫も揃って百歳の長寿をお願いしよう)
4、わじか此の世間や 一代世の暮し 浮世楽々と 暮ちいかな
 (わずかこの世界は一代の世の暮らし 浮世は楽しく暮らしていこう)
5、たとい世の中ぬ 変て移るとん 昔遺言葉(んかしいくとぅば)や 
 忘て呉(くぃ)るな
 (たとえ世の中が移り変わっても 昔の言い伝えは忘れてはならない)
6、想ば懐かしや 昔し想影(うむかじ)ぬ 肝(ちむ)にうみ染て 忘りぐりさ
 (思えば懐かしいのは昔の人の面影 心に深く残り忘れがたいことだ)
7、我が身ちりんちる  他人(ゆす)ぬ上ん知ゆる 無理するな 
 友達(どぅしぐゎ) 情びけい
 (わが身をつねってみなければ人の気持ちはわからないもの 無理するな友達よ 
  情けが大事だよ)

       
           国吉真勇の歌う「昔の若さ」

 年をとると元の若さを取り戻すことができればと思うのは誰も同じ。といっても、無理
なこと。幸せに暮らしていくうえで、昔からの言い伝えを忘れない、情けを大切にする
など人は生き方を諭した曲である。



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ウチナーンチュ魂の宿る教訓歌。「歌の心」

「歌の心」

 登川誠仁作詞・作曲の「歌の心」も、「新でんさ節」と同系統の歌である。

1、浮世小車(うぐるま)や 繰り返ち廻(めぐ)て 変て行く世間と人の心
  
スリ 人の心(以下繰り返し省略)

 (この世の中は車{車輪}が、繰り返しがえし廻るように、変わって行くのも
 世の中と、人間の心である)
2、世の中や変て 変ていく如に 薄くなて行ちゅる 義理と情
 (世の中が変わって行く如くに、希薄になって行くものは義理と人情である)
3、生まれらぬ先の浮世くい戻ち 昔歌方に 訊ねぶしゃぬ
' 
(昔世を繰り戻ち、昔の歌詠み人にたずねてみたいものである)

4、昔歌方の 詠だる節々や ただ心尽くち あだにするな

 (昔の詠人が詠んだ歌の節々は、心を尽くして決して無駄にしてはいけない)

5、心慰める 歌と三味線や 何時も肝合わち 学でいかな
 (心をなぐさめる歌と三線は、何時までも心を一つにして、学んで行こう)

       
       登川誠仁が歌っている動画。歌詞が少し異なる

 「この世の中と人の心は、変わっていく。義理と人情は希薄になっていくが、昔の人
が詠んだ歌は無駄にしてはいけない。心ひとつにして学んでいこう」と歌う。
 これも一種の教訓歌である。


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ピアノ・音楽で誕生日祝い

 誕生日が同じ2月28日という県立芸大生のreoreo君とツレの誕生日を祝う「reoreo
&郁 ピアノ・音楽de誕生日会」が28日夜、アルテ赤田カフェで開かれた。
 年齢は離れているが、ピアノを愛する音楽仲間という縁で催すことになり、
音楽でつながる人たちが駆けつけてくれた。

   幕開けは、祝いの席では欠かせない「かぎやで風節」。三線仲間で演奏をした。
          
reoreo&郁誕生祝い幕開け  
 糸数さんが、ヴェルディ作曲「椿姫」から「乾杯の歌」をテノールで歌ってくれ
、みんなで「かんぱーい!」と祝した。
 主役の2人が記念演奏した。reoreo君は「F好きの少年」などオリジナル曲を華麗
に演奏。ツレは「ロマンス」「トロイメライ」をしっとりと弾いた。
   
reoreo&郁誕生祝い 
 二人の合計年齢に合わせたローソクが揺れるbirthdayケーキが運ばれると、「happy
birthday toyou」と全員の歌声で祝福した。
    
DSC_5212.jpg  
 参加者の音楽によるプレゼントでは、94歳の女性による歌声をはじめ、ピアノ弾き
語り、ピアニカ演奏、ギター弾き語り、歌三線など多彩な音楽で祝ってくれた。
 主役のreoreo君は歌声も披露し、ツレはショパンの「ノクターン嬰ハ短調遺作」そ
の他も演奏した。
 私は、八重山民謡「かたみ節」を演奏した。深いきずなで結ばれた男女が100歳に
なるまで心ひとつに歩んで行こうという趣旨の歌である。
  
DSC_5222.jpg
 誕生祝いのために、こんなに集まっていただき、音楽で祝ってくれるなんてツレにとっ
ても初めてのことだろう。楽しくて素敵な夜だった。
 集まっていただいたみなさんに感謝、感謝である。


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室内楽コンサートを楽しむ

 首里城公園御内原地区開園記念ミュージアム・クラッシック・コンサートが沖縄県立
博物館・美術館で開かれた。とても素敵なコンサートだった。
 先日のアルテシニア世代ピアノ音楽会に出演されたピアニストの女性が、今度この
コンサートに出ると言って案内していたので出かけた。
 2005年発足以来、ほとんどの方が本業を持ちながら練習を重ね活動する大度室内
楽団から6人が出演した。
 博物館エントランスホールが会場で、到着するとすでに満席で立ち見状態だった。幸い、
知り合いの方が席を譲ってくれた。周囲の雑音や時に子どもの叫び声も聞こえてあまり
よい観賞環境ではないが、室内楽のやわらかな音色に聞き惚れた。
    県立博物館コンサート
 なかでも、事前に知り合いの方が「ショスタコービッチの曲がいい」と勧めてくれていた。「
二つのバイオリンとピアノのための5つの小品」という曲だった。
 プログラム2曲目だった。ショスタコービッチといえば、交響曲や弦楽四重奏などのイメージ
があるが、5つの短い曲はどれもとっても親しみやすく、素敵な曲ばかりで、「これがショスタ
コービッチなの!」という感じだった。幸い、YouTubeにこの曲がアップされていたので紹介する。
       
 沖縄の民謡も「てぃんさぐぬ花」「赤田首里殿内(あかたすんどぅんち)」を演奏した。
「芭蕉布」がプログラムにない、と思っていたら、最後にアンコールで演奏してくれた。
 このほかプーランク、ドビュッシー、ラヴェル、モーツァルトの曲目を演奏。最期に、
バッハの「二つのバイオリンとピアノのための協奏曲」から第2楽章を演奏した。
これも、二つのバイオリンの絡み合いがとても美しい演奏だった。
   
 辺野古埋め立て反対の圧倒的な民意を示した県民投票
 24日投開票が行われた名護市辺野古新基地埋め立ての賛否を問う県民投票は、
投票率が5割を超え、反対が43万余り、72%と圧倒的多数を占め、全癒権者の4分
の一を超えた。4分の1を超えれば、玉城知事は日米両政府に投票結果を通知する
ことになっている。知事は上京して、県民の埋め立てに反対する意志は明確になっ
たとして、この結果を政府に通知し、辺野古埋め立てを中止するように求めることに
なる。
 菅官房長官は、県民投票の結果にかかわらず、埋め立ては進める考えを表明して
いたが、とんでもないことだ。民主主義国家であるならば、沖縄県民の民意を明確に
示した投票結果を真剣に受け止め埋め立てを止めるべきだ。



 

 
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